最初で最後の恋をおしえて
朝、仕事に行くまでの気持ちが軽い。それは羽澄に恋をおしえるためだと気づき、苦笑する。
紬希にとって、羽澄に恋をおしえる行為は自分自身も楽しく心躍るものだった。
職場に着くと、昨日仕上げた資料について追加の要望が書かれた付箋が貼り付けて、デスクに置いてあった。
《新素材の利用について、羽澄くんに相談して取り入れて》
"羽澄"という名に、ドキリとする。
公私混同はダメだ。恋をおしえるのは、仕事をしっかり全うしてから。
朝のメールチェックなどのルーティンを済ませてから、席を立つ。
白を基調としたキッチンのバリエーションを作成した資料を持ち、羽澄の席まで歩み寄った。
「羽澄さん。お忙しいところすみません。新素材について、ご教授くださいませんか?」
羽澄は画面から視線を外し、表情を和らげて紬希を見つめた。
「固いな。そんなにかしこまらなくても、私にわかる知識で良かったら、お教えしますよ」
仕事中は私なんだと、小さな感動を覚えつつ、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「ここは、汚れが落ちやすい素材で、乳白色はどうでしょうか。真っ白の中に、柔らかい白色を入れるだけでも、感じが変わります」
羽澄の提案を聞きながら、メモを取っていく。
「いいですね。その色、すごく好きな色です」
にっこりと微笑むと、羽澄は資料を指差した。
「特にここ」
自然に伸ばした手が、資料を持つ紬希の手にわずかに触れた。
「あっ」
思わず手を引っ込めると、弾みで資料は床に散乱する。
「ご、ごめんなさい」
耳が熱くなっていくのがわかる。ほんの少し触れたかどうかくらいだけで、こんなにも動揺するなんてみっともない。
慌てて資料を拾い上げ、手伝って渡してくれる羽澄から資料を受け取ると、「ありがとうございました。大変勉強になりました」と逃げるように席に戻った。