英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。

逃げない決意



「ダリア様!? どうされたのですか!?」

席から慌てて立ち上がり、急いでレストランを出ようとするとロバートさんも、ただ事ではないと感じたのか、そう聞いて来た。
それでも、かまわずにレストランを出た。

外には、少し離れたところにノクサス様のお邸の馬車が停まっている。
馬車に向かって走ると、ロバートさんとミストも走って着いて来ている。

「ダリア様。どうされたのですか? あの男になにかされたのですか!?」

その言葉が不愉快に思った。
なんてことない言葉だ。心配してくれているのもわかる。でも、私が男に何かされていると思われているのか……と疑われている気分になる。

「やめてください!!」

馬を馬車から外しながら、声を荒げた。
ロバートさんは、びくりと身体を一瞬だけ震わせた。
私に叱られるように声を荒げられるとは思わなかったのだろう。
彼が悪いわけではない。私を心配してくれているだけだ。
余裕のない自分が嫌になる。

「ミスト! おいで!」

馬に飛び乗りミストを呼ぶと、ミストも馬に飛び乗った。

「ダリア様!? どこに!? 俺がなにか気に入らないなら……!?」
「ロバートさん。すみません。私は、家に行きます。……ノクサス様に、お伝えください。すぐに、騎士たちをお願いしたい、と……ノクサス様には、きっとそれで分かります」

そう言って、私は馬を走らせた。ロバートさんの、「ダリア様――……」と叫ぶ声が、背中から木霊していた。
それに、振り返ることはしなかった。

どうやって探したらいいのかわからなかった男たちが、私の屋敷の周りをうろついているのだ。きっと今が捕えるチャンスなんだと思った。
今逃げても、ずっと追われるだけだ。もう、お父様も師匠もいないなら、自分でどうにかするしかない。
それに、ノクサス様と結婚したいなら、逃げては駄目だ。
そんな私のままなら、彼の妻には相応しくない。ノクサス様なら、きっと逃げない。
これで、隠していたことがノクサス様にも全てバレるだろう。
それでも、秘密を抱えたままあの誠実なノクサス様と結婚するよりもいいと思う。
ノクサス様が、こんな女は無理だ、と言うなら、それも仕方ないこと。
全てを話さなかったのは私だ。

「ダリア様、一体どうしたのですか?」
「不審な男たちが、私の屋敷の周りをうろついているらしいわよ。……私が見つかったんだわ」
「……逃げないのですか?」
「もう逃げないわ。逃げても、何も変わらないもの。過去は消せないのよ。ノクサス様にも失礼だわ」

ノクサス様を思うと、申し訳ない思いがある。それと同時に、捨てられるかも……と悲しかった。
それを察したようにミストは言う。

「……あの変態男は、なにがあってもダリア様を捨てないと思いますよ」
「そうだといいわね……でも、捨てられても何も言えないわ」
「ダリア様を捨てたら、僕が止めを刺します」
「いいのよ……捨てられたら、ミストと師匠の家で暮らしましょうか。屋敷も売って、お金をもっと作りましょうね。そうすればきっと、あまり人に会わずに暮らせるわ」

ミストは、何も言わなかった。
無言で一心不乱に走る馬の上で私に寄り添った。

もう街も出て、村へと続く街道を走っている。今スピードを落とすと、逃げたくなる気持ちだった。
それを気づかないフリをして、ひたすら馬を走らせた。



私の屋敷に着くと、誰もいなかった。
急いで馬から降りて、庭に入った。いきなり来たから、屋敷の鍵なんて、持って来ていない。今日は帰るつもりなんかなかったからだ。

「ミスト、2階の私の部屋から杖を取って来て!」
「はい!」

そう言うと、ミストは外の木から屋根に飛び乗り2階の部屋へと入って行く。
2階の屋根の隙間から、猫なら入れる。

ミストは、すぐに杖を取り、窓を開けて咥えたまま出てきた。それを2階から、放り投げた。

「ダリア様!」

投げられた杖は、地面に落ちた。それを拾い上げて、庭に男たちを捕まえるトラップの魔法を発動させるために、玄関に続く庭に杖で魔法陣を描き始めた。

師匠ならば、簡単なトラップなら、魔法ですぐに魔法陣が出来上がるけれど、能力の低い私なら、地道に描くしかない。
ミストは、周りに誰かいないか、庭を囲んでいる塀に登り辺りを見渡している。

でも、男たちはどうしていないんだろう。
村人が見た不審者は、私を探していた男たちではなかったのだろうか。
ただの空き巣の可能性もある。どの道、不審者はこの屋敷には入れない。
もう誰も住んでないとしても、ルヴェル伯爵家だ。
没落だろうと、絶対に守ってみせる。苦労をかけたお父様に出来ることは、もうこれだけなのだ。

そう思いながら魔力を杖に込めて突き立てる。
それは、キンッーーと不思議な音と共に、小さな光が突き立てた地面をはじいた。







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