英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。

妾の話と迫る危険

翌朝には、いつも通りノクサス様とテラスで食事をする。

夕べには、寿退社をしたことも伝えた。
ノクサス様は、嬉しながらも、いきさつを聞くと「すまない」と申し訳なさそうだった。
そして、アーベルさんに朝早くから、私の護衛のためだと、出勤してきたロバートさんを呼び出すように言った。
呼び出されてテラスに来たロバートさんに、ノクサス様は険しい顔で伝える。

「ロバート。ダリアの護衛はしてもらうが、ダリアの邪魔はするな。彼女の意見を尊重するんだ。いいな」
「はい。かしこまりました」

騎士らしく一礼するけど、どこまでその言葉の意味が伝わっているのかわからない。
そもそも、なにも知らないロバートさんからすれば、余計なことをしているつもりはないと思う。
ロバートさんは、そのままテラスのある部屋のドアの側に控えている。
ノクサス様は、気にせずに私を見つめて来る。

「ダリア。……窓を閉めて寝ては暑いのではないか?」
「やっぱりまた来ていたんですね……夕べはミストもいなかったから、不審者が来ないように窓はしっかりと閉めました」
「この邸に不審者はいないぞ」
「危険にも,色々種類があるんですよ」

このお邸で、一番危険なのはノクサス様だ。
毎晩毎晩ベッドに忍び込もうとする騎士団長なんてちょっと嫌だ。
それなのに、何故かミストは、夕べは来なかった。
ミストの夕べのご飯は、尾頭付きの高級魚だったし……しかも、美味しそうに焼いてもらっていた。ご機嫌で、夜は私のところに来てくれると思ったのに。
しかも、あんなにノクサス様のことを変態、変態、と言っていたのに、どうして夕べは別のところで寝たのかしら。
不思議だ、と思うけどノクサス様は気にせずに、朝食をいただきながら話しかけてくる。

「ダリア。今日はなにをするんだ?」
「今日は街に行くんです。お昼もそちらでいただきますので……アーベルさん、昼食はいりませんからね」

アーベルさんは、「かしこまりました」といつも通りだが、心配なのは、ドアの前に控えているロバートさんだ。

「ノクサス様。街に行く時は、護衛はいらないと思うんです。人の多いところではなにもありませんから」
「駄目だ。連絡係にも使えるから、ロバートは連れて行くんだ。それとも、見られては不味いことでもあるのか? まだ、隠し事がありそうだしな……」
「……ノクサス様の記憶が戻ったら教えます」

……確信もないし、ノクサス様の記憶が戻らないと答え合わせも出来ないけれど、私を助けてくれたのは、本当はもしかしたらノクサス様ではなかったのかと思っている。
あの時は、恐怖でいっぱいだったけれど、ノクサス様と同じ言葉を言っていた。

でも、ノクサス様の従騎士のフェルさんは、なにも言ってない。
従騎士なら、いつもノクサス様といるはずなのに……。
そう思うと、やはり違うのかしら……と思う。

そして、答えはでないまま、私に見送りされるノクサス様はご機嫌で仕事に行かれた。

私は、昼前には出かける支度をして、ミストとロバートさんと街に出る。
もちろんアーベルさんは、馬車の準備を抜かりなくしている。

そして、私は馬車に乗り込んだ。
ロバートさんは、御者席に座り、馬車の中は私の膝の上にミストを乗せたまま目的地のレストランに着いた。

「ロバートさん。お店の中まではいりませんので、どうか遠慮してください」

レストランに入る前に、お願いした。

「しかし……あの、一人で食事に来たのですか?」
「……友人と約束があるのです。どうか、お願いします」
「……わかりました。なにかあればすぐに突入いたします」
「なにもありませんよ」

今朝のノクサス様の言葉が効いているのか、なんとか素直に待ってもらうことになった。
それでも、入り口付近の席を確保していた。

奥の窓際の席には、約束の相手のマレット伯爵が待っていた。
以前から、月に1,2度は王都でお茶や食事をしていた。そして、今日がその日だった。

いつも通りの挨拶を交わして、妾の話を始めた。

「マレット伯爵。妾の話ですが……お金は必ず返しますので、もう少し待ってもらえませんか? どうかお願いします」

そう言って、治療院の給料から貯めていたお金も出した。
ノクサス様のお邸に来てから、ほとんど使ってないから、いつもよりは持って来られた。
でも、マレット伯爵は、受け取らずに驚いている。

「ダリア。聞いてないのか? ……リヴァディオ騎士団長と結婚すると聞いたのだが……」
「すみません。借金があるのに……」
「そうではない。昨日夕暮れ時に、リヴァディオ騎士団長が我が邸に来たのだ」
「ノクサス様が……?」

借金があるのに、結婚しようとしていることに申し訳なくなっていると、マレット伯爵は、予想もしない話を始めた。
まさか、昨日遅くに帰って来たのは、マレット伯爵に会いに行っているせいとは知らなかった。

「リヴァディオ騎士団長が、従騎士と一緒に大金を持って来た。ダリアの借金の返済だと……これで妾の話をなかったことにしろと言ってきた」
「う、受け取ったのですか?」
「当たり前だ。借金の返済の金なのに、受け取らないわけがないだろう。ダリアと結婚すると言っていたから、受け取った。婚約者が肩代わりすることはあるしな。だから、もう妾には取れん」

ノクサス様は、本当に私と結婚するつもりなのだ。
きっと言わなかったのも、私が申し訳ないと言って断るからだ。
今でさえ、申し訳なさでいっぱいになっている。
でも、どこか安心してしまっている。
マレット伯爵のことなんか、好きでもない。
領地を守ってくれて、借金の理由も聞かずに貸してくれて感謝はしている。
でも、飽きられるのを待つだけの妾になるのかと、複雑な想いだった。

「でも、それならどうして今日の約束をキャンセルしなかったのですか? 文を出してくだされば……お食事までご馳走してくださることはなかったのでは……」
「今朝王都に来た時に、文を出そうと思ったのだが……どうせ約束の日だからちょうどいいと思ってな。伝えることがあるのだ」
「私にですか?」
「そうだ。実は、昨日から見知らぬ男たちが、ダリアの屋敷の周りをうろついていたらしい。今朝も早くから、スーツ姿の男たちが来ていたらしく村の農民が、今朝伝えに来てくれた。もう、あの屋敷には住んでないみたいだが、伝えておいてやろうと思ってな。それに、村で揉め事は困るぞ。怪しい男たちを呼び寄せられては、領民が怯えてしまう」

背筋の血の気が引いた。気がつけば、口元に手を当てていた。それでも、驚きは隠せない。

見つかったんだ。一体いつ? どうやってバレたのだろう。

男たちを見た農民は、昨日だけなら、マレット伯爵に伝えなかったかもしれない。でも、二日続けて、しかも朝早くから私の屋敷の周りをうろつくなんて、不気味でしかない。

「わ、私、行かなきゃ……!」

嫌がらせで私を傷つけた男たちだ。気に食わなかったら村人も傷つけるかもしれない。
それに、今逃げたら、本当にノクサス様と結婚出来ないかもしれない。

「ダリア……知り合いなのか? ……それに顔色が悪いぞ、大丈夫か?」
「……マレット伯爵は、領民を守ってください」

この人は、変わった方だけど領地である村は守っている。
私たち親子が出来なかったことだ。
だから、そう言った。マレット伯爵は、わけがわからないまま私を見ていた。

私は、青ざめたまま立ち上がり外に飛び出した。






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