英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。

ダンスをお願いします

仕事もなくなり、お邸でなにをすればいいのか……とサロンの開放的なバルコニーのテーブルで本を目の前にそう思った。
バルコニーには、ずっとロバートさんが立っているし……。
こんな日常は始めてで少し戸惑う。
ロバートさんに「一緒に座りませんか?」と、お誘いしても、「滅相もない」と言って、座ってくれない。

こんなに、何もすることのない一日は始めてでどうしていいのか、本当にわからない。
テーブルに肘をついたまま、外の庭を見るとアーベルさんが下僕たちと外門から歩いて来ている。

ノクサス様のお邸は凄い。執事に副執事、下僕たちに大勢のメイドたち。庭師もいるし、専属の御者もいる。

中流やここまでお金のない貴族の邸では、下僕さえいない邸も多いのに……ノクサス様のお邸では、給仕にメイドが入ることすらない。
下僕のいない邸では、メイドが給仕を手伝うことすらあるのに……。
もしかして、実家は有力な伯爵家だと言っていたけれど、格式が高いのではないだろうか。
私みたいな没落貴族でいいのか、と不安になる。

「ロバートさん……私は、ノクサス様に釣り合うでしょうか?」
「俺は、ノクサス様を信じています」
「……それは、私がどうこうというより、ノクサス様が選んだ人なら誰でもいいということでしょうか?」
「違います! あのノクサス様が夢中になるくらいですよ! 自信を持ってください! ダリア様!」

ロバートさんは、力いっぱい熱くなっている。

「今度の夜会が楽しみです。陛下の前で、ノクサス様とダンスをするなんて……皆の注目の的ですよ!」
「……ダンス?」
「はい! 陛下主催の夜会ですよ。騎士団のトップが凱旋してから、一度しか公の社交界に出ていませんから、皆が楽しみにしていますよ」

……そう言えば、一ヶ月後の夜会に出てほしいと誘われていた気がする。
凱旋してから、そういった場に出なかったのは、呪われており、しかも記憶喪失だったせいだろう。
一度めは、きっと凱旋の宴でも開かれた時だ。その時は、まだ呪われてなかったのだろう。

凱旋した時は、私はノクサス様があの時の人だと知らなかったけれど……ノクサス様は知っていたのにお誘いはなかった。
いや……でも、騎士団トップなら忙しかったはず。私を誘う暇はなかったのだろう。
しかも、『贈り物を持っていかないのは、失礼だと思った』と言っていたし……
しかし、パートナーはどなたを連れていったのかは気になる。

「……ノクサス様は、どなたと行かれたのでしょうか?」
「お一人でしたよ。大勢のご令嬢が群がっていましたけれど……ノクサス様は、国中の女性たちに大人気ですからね。しかし、あの宴はダンスなどする舞踏会メインではなかったので、ノクサス様は、一曲もなさりませんでした。ですから、パートナーはいませんでしたね。女性に見向きもしない方ですから」
「そうですか……」

ホッと胸を撫でおろしていた。
ほんの少し前までは、ノクサス様が誰といようが、あんまり気にならなかったのに、今は少しモヤモヤする。
しかし、ダンスか……。ノクサス様は、お上手な気がする。
騎士たちは、ダンスぐらい習うと思うし、ノクサス様は、伯爵家の嫡男だ。絶対に、子供の時から、嗜んでいるはず!
……なんだか、ちょっと不味い気がしてきた。
没落貴族の私にダンスの講師なんかいるわけない。
いわば、なにも知らないのだ。

「ロバートさん……大変です。私は、ダンスをしたことがないのです」
「……まさか。ダリア様は、伯爵令嬢だとお聞きしました」

そうです。普通の伯爵令嬢なら、嗜んでいる事です。

「あの……私の屋敷を見ましたよね?」
「はい。大変趣きのあるお屋敷でした。カントリーハウスで? 一人暮らしなら、あれくらいのほうが生活しやすいですよね」

ものは言いようだ。ただ、ただ古いだけのボロ家を趣きがあるとは……。

「あれが、実家ですよ。あの屋敷しか私は持っていませんので……ちなみに、もう、領地もありません。あるのは、借金だけです」

ロバートさんは、目を丸くして驚いている。
もっと、立派な伯爵家のご令嬢と思っていたのだろう。
それなら、街の平民が通う治療院に皆勤賞かというくらい勤めに出るわけがないのですけれど。

「た、大変ですよ!! ノクサス様は、陛下の前でダンスをするのですよ。順番も陛下の次ですから、すぐですよ!!」
「どうしましょうか……ノクサス様に教えてもらいましょうか?」
「すぐに、アーベルさんに相談しましょう!! 行きますよ!!」

思い立ったらすぐに行動するタイプなのか、ロバートさんは、真っ直ぐにアーベルさんのいる階下へと走った。
その後ろを、私はついて行く。

「アーベルさん!! 大変です!!」

ロバートさんは、階下の使用人休憩室に飛び込むなり、そう言ったが、アーベルさんたちは、なにか話し込んでいた。
でも、それをおくびにもださない。

「ロバートさん。ちょっと落ち着いてください。アーベルさん。なにかありましたか?」
「いえ……なにもございません。それよりも、どうしましたか?」

アーベルさんは、なにもなかったようにクールだけれど、アーベルさんと一緒に話していた下僕たちは、心配そうに私を見たのに、目が合うとさっと目を反らした。

「……なにかあったのですね。さきほど、外門から歩いて来ていましたが……」

アーベルさんは、下僕たちを鋭い目で見ると、「下がりなさい」と下僕たちを下がらせた。
そのせいで、使用人部屋は私たちだけになる。

「……ご心配をかけさせないようにしていましたが……実は、さきほどダリア様の事件の家族が謝罪という名目で来ていたのです。もちろん、この邸には一歩も入れません。庭でさえ入れるつもりはありません。ノクサス様からも、そう指示を受けています」
「……私を邸から出さないようにしているのは?」
「ノクサス様が、ご自身の見えないところで何かあってはいけない……とダリア様を大事に想うあまり心配しているのです」

監禁に近いものはあるが、ノクサス様は私を守ってくれているのだ。
そんなノクサス様の気持ちを無視できない。それに、今私があの男たちの家族と会う必要があるとは思えない。

「ありがとうございます。私も、邸からは出ないようにします。……ですが、アーベルさん。申し訳ないのですが、私にダンスを教えていただけませんか? 執事なら、ダンスの基本はご存知ですよね? どうぞ、お願いいたします」


アーベルさんに、ぺこりと頭を下げて私はダンス一つ出来ないことを説明すると、ニコリとして承諾してくれた。

「夜会までには、すぐに覚えられますよ。ダリア様なら、ノクサス様とお似合いです」

そう言ってくれるのが、なんだか嬉しかった。
ロバートさんも、「恐れながら、俺もお力になります」と言ってくれた。

そして、このノクサス様のお邸に軟禁状態で、私はダンスの練習を始めたのだった。








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