英雄騎士様は呪われています。そして、記憶喪失中らしいです。溺愛の理由?記憶がないから誰にもわかりません。

耐える

ノクサス様のお邸の一室に、魔喰いの魔石を取り出す準備はすでに整っていた。
ミストもすでに、部屋で待っている。
私が部屋に入るなり、飛び込むように抱きついてきた。

「ダリア様! おキレイです!」
「ありがとう、ミスト」

すかさずミストは、ほめてくれる。
上品になるように育てなくてはと、喋り方など教えていたせいか社交辞令もバッチリだ。
アーベルさんも賢い猫だと褒めてくれたし、子供の成長を間近で見ている気分で嬉しくなる。

「……ダリア。この木はなんだ?」

部屋に置いてある植木鉢には、1メートルほどの高さの木があった。
その木を不思議に思ったノクサス様が聞いてくる。

「宿り木です。取り出した魔喰いの魔石を、少しでも清浄な魔石に近づけたくて……私の身体に埋め込んでいるものですので、穢れていてはいけないと思いまして……」

人は、真っ白な生き物では無いから仕方ない。だから、少しでも清浄に戻したいのだ。

「ダリア様のものは穢れていませんよ! 穢れているのはこの変態男です!」

ミストがすかさずにそう言った。
よく考えれば、ミストは精霊獣だったから、人の穢れがわかるのかもしれない。
……一体師匠はこの精霊獣をどこで拾って来たのだろう。
本当に不思議な方だった。

「その変態男はやめろと言っただろう。今日はお祝いに魚パイにしてやろうと思ったのに……」
「ミルクも付けてくれ! 毛布ももう一個欲しい!」
「やるからちゃんと名前で呼べ。口が悪いぞ」
「ダリア様と結婚したら呼んでやる!」

ノクサス様のほうが師匠よりも親に見えてきた。
でもミストは師匠にも懐いていたけれど……。

その微笑ましい空気の中、私は魔喰いの魔石を取り出す準備を始めた。

「ノクサス様たちは、しばらく外に出ていて下さい」
「一緒にいると言ったはずだが……」
「でも、服を脱ぎますから殿方は外にいて下さい。ミストとノエルさんだけで……」
「何故脱ぐ!?」
「魔喰いの魔石は私の身体の背中にあるのですよ。背中でも腰辺りにあるのです!」
「なんでそんなところに……!」
「人に見られるところに埋め込むわけないじゃないですか。盗られたらどうするのですか? 服を着たままだと、せっかくの洋服が裂けてしまいますよ」

せっかくノクサス様が贈ってくださった洋服を台無しにしたくない。

「絶対に出て行かないぞ! 大体、取り出すにはミストが食いちぎるんだろ! どうやって痛みに耐えるんだ!?」

脱ぐことに驚愕したかと思えば、今度は仁王立ちでテコでも動かないぞ! という風に、腕を組んで立っている。

「夜這いの次は、なにを見るつもりですか……痛みもクッションにでもしがみついときますから大丈夫です」
「俺が抑えておく。ノエル以外は全員外に出ろ」
「だから、ノクサス様も出て下さい」
「俺とノエル以外だ!」

ノエルさんは白魔法使いだから、医師と同じで人の身体に慣れているだろうけれど、ノクサス様に見られるのは、恥ずかしさを感じる。

「……脱ぐと言っても、上半身だけですからね」
「当たり前だ!」

恥ずかしながらも、白いワンピースドレスをずらし、下着姿になる。
上下分かれている下着にしてもらったから、あとは腰の辺りをまくるだけだった。
そして、腰に血で汚れてもいいような布を巻いた。
その時、ノクサス様が「こちらに……」とソファーに私を呼んだ。
下着を着ているから、丸見えではないが、ノクサス様に見られると緊張する。
近づくと腕を引っ張られて、ノクサス様の腕の中に捕まってしまっていた。

「しっかりと掴まっておけ」
「はい……」

ノクサス様の肩を握りそう言った。

「ノエルさん。ミストが食いちぎったらすぐに回復魔法をお願いいたします」
「ノエル。頼むぞ。ダリアに苦しんで欲しくない」
「はい。すぐに治します」

落ち着いているノエルさんは、いつでも準備は出来ているようだった。

「ダリア様……いきます。歯は食いしばっていた方がいいですよ」
「いいわよ。やってちょうだい」

そう言うと、ノクサス様が力いっぱい抱きしめてくる。
それを受け入れるようにしがみつた。

その瞬間、ミストは勢いよく走り出し、飛び掛かってきた。
そして、一瞬だった。
違和感があるとともに、すぐに引きちぎられた激痛が走った。

「ッキャアァァァーーーー!!」

今すぐにでも失神した方が楽な気がするほど痛い。
痛くて、叫んだあとに歯を食いしばっていた。あまりの痛みに汗まで出ている。
ミストの牙がこれほど強烈なものとは……師匠が強化したせいもあるかもしれない。

「ダリア。大丈夫か? 今、ノエルが回復魔法をかけている。もう少しだ……」

頭からすっぽりと包むように、心配そうに抱きしめてくれる。
ノクサス様の腕の中で良かったと思う。
あの時も意識がなくなるまで私の側にいてくれた人だ。

涙目で、ミストを見ると血まみれの口からペッと魔喰いの魔石を吐き出した。

「……ミスト。聖水で血を落としてちょうだい」
「はい」

ミストは、私を心配そうに見た。
この子はまだ子供なのだ。私にお願いされたからやってくれたけれど、この様子の私を見て悪い事をしたと、思い詰める気がしてしまった。
ミストにそんな思いをさせるわけにはいかない。なにも悪い事をしてないのだから……。

「ミスト。私は大丈夫よ。取ってくれてありがとう……」

ミストに罪悪感を持たせてはいけないと思い、いつものように微笑んで見せた。
それを見たミストは、魔喰いの魔石を咥えて、準備していた聖水の洗面器で血を落としている。

背中は温かい光が痛みを和らげている。
引きちぎられたところが、塞がっていっているのがわかる。

「ダリア……」
「一週間ぐらい宿り木に魔喰いの魔石を置いてから治しますね。もうすぐで呪いから、おさらばですよ……」
「俺のためにすまない……」
「いいのです……でももう少しこのままでいて下さい。安心するんです……」
「ずっとこうしていよう……」

ノクサス様は、引きちぎられたところが治るまでずっとこうしてくれていた。
申し訳なさそうな顔をする必要はないのに……。
私は、温かい光の中でノクサス様の逞しい身体にずっともたれていた。


魔喰いの魔石を取り出したあとは、ずっとベッドで休んでいた。
ノエルさんは、かなり能力の高い白魔法使いだ。
おかげで、引きちぎられた肉は、なんとか戻っている。

「大丈夫か……?」
「はい……もう大丈夫です。少し、引きつるくらいで……あとは自分で出来ますよ」

ベッドサイドに腰掛けるノクサス様は、ひたすら心配をしている。
大事なものを撫でるように、優しく頭を撫でてくれていた。

「……落ち着いたら、少し庭でも散歩するか?」
「はい。ぜひ、お願いします」

ノクサス様に起こされて、二人で庭へ歩き、落ち着いた様子で聞いてきた。

「……取り出す必要があったのか?」
「呪いを解きたいのです……」
「ノエルに解き方を教えるのでは、駄目だったのか? 魔喰いの魔石に随分とこだわっているように見えたが……」
「……確信はないのです。でも、いけると思うのですが……所詮、呪いは魔法ですから魔力を少なからず必要としているのです」
「それは、聞いたことはある。呪いが継続しているという事は、俺の生命力を奪い続けていると……だから、少しずつ俺の力が弱まっていると、ノエルが言っていた」
「そうです。だから、死んだ時に呪いは消えているのがほとんどなのです。でも、その魔力をノクサス様から、取らなかったら呪いはどうなるでしょうか?」

ノクサス様は、顎に手を当てて考えている。

「……そのための魔喰いの魔石か!?」

そして、ハッとしたように、気付いた。
確信はないし、上手くいくかもわからない。
私に師匠の作った魔喰いの魔石を扱えるかどうかも疑問は残る。
それでも……。

「魔喰いの魔石をノクサス様に埋め込めば、この魔石が呪いの力を奪い続けてくれるかもしれません。私の魔力をずっと奪い続けていたように……。ノクサス様から、生命力という魔力を奪わなければ、ノクサス様に影響しないと私は考えています。そうれば、ノクサス様の黒ずんだ顔は良くなると思うのです。すぐに、呪いが消えなくても、仮面を付けることは無くなるかと……」
「そのために身体から取ったのか?」
「私には、師匠のように魔喰いの魔石を作れませんから……。それに、師匠が私に使った魔喰いの魔石はとても質が良いのですよ」

変人でも師匠の能力は間違いなくトップクラスだ。
きっとこの国でも一番だったと思う。

「ノクサス様。あの魔喰いの魔石が綺麗に浄化されたら、すぐにノクサス様に埋め込みますね。そのやり方を師匠の残した家に行って調べて来ます。それで……」
「行くなら一緒に行くぞ。一人では行かせない」

お互いに立ち止まって向かい合っていた。

「はい……一緒に行って下さい、とお願いしようと思っていました」

一緒に行くならノクサス様と行きたいと思っていた。
ノクサス様になら師匠のあの隠れ家のような森の家を教えていいと思う。

「では、明日にでも行くか? もちろんダリアの身体がなんともなければ、だが……以前また、なにか作ってくれると言っただろう?」
「はい。明日はサンドイッチを沢山作りますね。レモンパイも作ります。おやつも師匠の家で、2人で食べましょうね」
「それは、楽しみだ」
「パイもずっと自分で焼いていましたから、きっと美味しいですよ」
「では、すぐにレモンを買いに行こう。まだ、店は開いているはずだ」
「はい」

ノクサス様は、すぐに行こうと言って、そのまま街の店に連れて行ってくれた。
フェルさんとロバートさんは、ずっと私たちを見ていたのか、邸から外出しようとするとすかさず護衛についていた。
私とノクサス様の邪魔をしないようにか、少し距離を開けて後ろから歩いている。

こんな要警護の日常が普通になるのか自信はまだないが、ノクサス様と結婚するということはこういう事なのだろう。

そのまま、2人でレモンを選び、明日の支度を万全に整えた。









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