かぐわしい夜窓
「十年一緒にいたから、俺はもうあなたよりだいぶ上ですよ」

「わたしも十年、年をとりました。お互いに十ずつだもの、だいぶ上なんてことはありません」


十年も一緒にいてもらって、そのすべてが素晴らしかった相手を、嫌いになれるとは思えない。


「こういうやつ、がどういうやつか、よくわかりませんが。あなたが俺って言うのは嬉しいです」


それに。


「わたし、名前以外は、結構あなたのことを知っていると思っています。十年も一緒にいてもらったんですもの」

「そこでいてもらったって言うところ、好きですよ」

「えっ、ありがとうございます……?」


普通に返事をしたら、思いがけず好きだなんて言われてしまって、余計に混乱する。


なんでいま、わたし、褒められたんだろう。


「お役目を盾にして、くっついて回ってただけでしょう」

「た、盾にして……? ええと、お役目だからってわかってはいるんですが、その」


とても感謝しているのに、なんだかあまり信じてもらえていない気がして、言い募る。


「いつもおやすみって言ってもらうの嬉しかったですし、わたしがお祈りをするときに着替えるたびに『お似合いです』って言ってくれるのも嬉しかったですし、年明けの騒動では、信じていると言ってもらって心強かったですし……」

「ええと、サシェ」

「爪の色、ほんとうに頼りにしていたんですよ」


もう巫女ではないからと、装飾は全部落とした。


でも、爪先の金は、装飾ではなくおしゃれであると言い訳をして、そのままにしてある。あなたが贈ってくれた色だもの。


「お花も嬉しかったです。あなたは憧れで、格好よくて、優しくて」

「サシェ」

「わたし、あなたに巫女さま、歌うたいさまと呼ばれるの好きでした。あなたの呼び方はいつも親しみがこもっていて、あたたかかった。ただお役目を呼ばれただけなのに、ばかみたいかもしれないけれど」

「……」

「あなたにそばにいてもらったから、歌うたいなんて大役を、十年も頑張れたんだと思います」

「……サシェ」

「というか、そばにいてほしくないひとは、そもそも部屋に入れないでしょう。扉だって閉めません」

「サシェ。わかった、わかりました。ちょっと待って。いま俺がいっぱいいっぱいだから、ちょっと待って、わかったから」

「わかってくれました?」

「よくわかりました」


……だから、待って。
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