かぐわしい夜窓
混乱していますと顔に書いてある歌まもりさまは、ふらついた声で、赤い耳を気にしている。それがあまりにも可愛らしく見えた。


「あの、歌まもりさま」

「はい。元歌まもりです」


名乗りに困っているのはお互いさまらしい。珍しくまごついている。


「先代歌まもり……もわたしから言うと違うし……ええと、わたしの歌まもりさま」

「えっちょっと待ってなにその呼び方、待って待って待って」


先代歌まもりはたくさんいる。区別をつけるならこれだ、と思って呼んだのに、全然違ったらしい。

ぶわ、と歌まもりさまの耳が真っ赤になった。


「え、だめでしたか?」

「破壊力がすごい」


わたしの、歌まもりさま……と、呆然と呟いている。


「だって、あなた、お名前を教えに来てくださるお約束だったのに、全然教えてくれないんですもの。呼びかけに困ってしまって」


うぐ、と歌まもりさまが喉を詰まらせた。


「わたし、あなたのお名前を知ったら、なにか、意地悪をされるんでしょうか」

「神と剣に誓ってしません」


即答である。


神だけでなく剣にも誓うあたりが、役職を思わせた。そういう懸命さがいつも好きだった。


「なにか、いやな目に遭いますか?」

「遭わせません」


ちゃんと、大事にします。


「じゃあやっぱり、お名前が知りたいです。あなたのことを、知りたいです」


言い募ると、ぐ、と口を結んだ。
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