かぐわしい夜窓
「サシェ」

「うん?」

「十年一緒にいたけど、まだまだわからないことがたくさんあると思うんだ。だから、ひとつずつ教えてほしい」

「うん」

「いままで巫女さまって呼んでた遅れを取り戻せるように、サシェっていっぱい呼ぶから、サシェも俺のこと呼んで。できれば『さん』はなし」

「お、遅れ」

「遅れ」


きっぱり言われた。遅れじゃなくて決まりだと思う。


「サシェ」

「なあに、ザックさ、……ザック」

「お誕生日、おめでとう」

「っ」


おめでとうと、言ってくれるのか。あんなに迷惑をかけたのに。


「ばたばたして、遅くなってごめん」と付け足すものだから、とうとうお腹を抱えて笑ってしまった。


なんて律儀なひとなんだろう。なんて最高の誕生日なんだろう。


「おやすみ、サシェ」

「おやすみ、ザック」


「歌うたいさま」は、ひとりでこもってばかりいた、がらんとした神殿の聖堂を思い起こさせる、寒々しい名前だった。


「巫女さま」も、あたたかったけれど、一番嬉しくはなかった。


「サシェ」は、懐かしくてあたたかい。なにより、嬉しい呼び名だ。


──十五歳から、十年間を一緒に過ごしてきた歌まもりさまは、二十五歳の誕生日、わたしの恋人になった。


あたたかな部屋。花々に彩られた、かぐわしい夜窓。

あなたの手を抱いて眠れることの、しあわせよ。


明日はきっと、目覚めのいい朝が来る。
< 82 / 84 >

この作品をシェア

pagetop