魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。
*−*−*


 放課後に、ドキドキしながら、王族のサロンの前まで来た。
 
(私がこんなところにいていいのかしら?)

 そう思うものの、私にはミッションがある。
 袖を握りしめたまま、カイルを見上げると、彼はいつもの表情のない顔で見返してくれた。前髪からちらりと碧い光が覗く。きれい。
 カイルの冷静な様子を見ると、私も落ち着いてきた。
 
(うん、私にはカイルがついているもんね。頑張ろう)

 覚悟を決めて、サロンの扉をノックした。

 執事が通してくれた部屋は、アイボリーを基調とした上品な調度ながら、要所要所に金の装飾が施され、壁には細やかなレリーフに高そうな絵画、天井にはシャンデリアが輝き、さわやかな香りまでしていた。当然だけど、エブリア様がお使いのサロンよりさらにゴージャスだ。
 気おくれする私に、王太子殿下がにこやかに席を勧めてくれて、こわごわと装飾の多いソファーに腰かける。
 すると、なんと隣に殿下が座ってきた。

「君から会いたいって言ってくれるなんてうれしいな」

 銀色に輝く髪がさらりと揺れ、繊細に整った美しいお顔が近づく。見た目はエブリア様が絶賛する通り、すこぶるいい。
 
(でも、カイルの方が何十倍も素敵なんだから!)

 そんなことを思っていたら、きらびやかな微笑みを浮かべた殿下に手を握られた。
 カイルが引き離そうかどうしようかとジリジリしている。
 さすがに、それは不敬だわ。
 大丈夫だと目線を送って、さっさと用事を済まそうと、挨拶もそこそこに護符を取り出した。

「王太子殿下、これを身につけていただければと思って」
「なんだい、それは? プレゼントかい?」

 そう言いながら護符を受け取ってくれた殿下はあれ?と戸惑いの表情を浮かべた。
 その効果は歴然で、パチパチと瞬いた殿下は隣にいる私を見つめたあと、飛び退いた。

「あれ? なぜ私は……?」

 妙に熱っぽい眼差しがなくなり、理知的な表情に戻られた気がする。
 こっちのお顔の方が断然いいわ。

「王太子殿下、エブリア様が泣いておられましたよ。殿下に拒否されたと」
「エブリアが?」

 驚いて聞き返した殿下は、自分の行動の記憶はあるようで、額に手を当て、「なぜ私は……」と繰り返した。

「詳しいことはぜひエブリア様にお尋ねください」
 
 私ではうまく説明できないし、エブリア様もちゃんと王太子殿下とお話ししたいと思ったので、そう言って、私は立ち上がった。
 決してエブリア様に丸投げしたわけじゃないからね!

「あぁ、そうすることにしよう」

 王太子殿下も了承してくださったので、私は礼をすると分不相応な部屋からさっさと逃げ出した。




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