魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。
 指定された場所へ行くと、オランが待っていた。

「こちらです」

 私たちを見ると、小声ですぐ近くの小部屋に案内してくれた。
 小部屋といっても、王宮内なので、造りは豪華だ。
 外から見えないようにきっちり閉められている分厚い深緑色のカーテンは金糸で刺繍され、同じ生地を使ったファブリックとダークブラウンの家具がシックな印象を与えている。
 それを煌々とシャンデリアが照らしている。

「エブリア様!」
「ごきげんよう」

 優雅に扇子を広げてソファーに座っているエブリア様に駆け寄る。
 にこやかだけど、顔色は悪く、少しお痩せになったようだ。
 好きな方に疎まれる心労を思うと、エブリア様がとてもお気の毒だ。
 それでも、ピンと背筋を伸ばして座られている姿は、真紅のお髪と相まって、孤高に咲く一輪の薔薇のよう。

「エブリア様、お会いしたかったです」
「私もよ。まず、私の話を聞いてくださるかしら?」
「もちろんです」

 エブリア様は今の王宮の状況を教えてくれた。
 うすうす感じていたことだけど、今朝のような私の派遣派と遺留派、操られている者と諌める者、この機に乗じて利権を得ようとする者がうごめいて、政局は混乱しているそうだ。そして、エブリア様のお父様のように諌める側はどんどん劣勢になってきているらしい。
 
「お父様によると、確実に撹乱している者がいるはずなのに、それが誰だかわからないそうなのよ。スウェイン様の周りもそう。幼いころから仕えている方々ばかりだし……」
「え? でも、ミステリアス様は最近ですよね?」
「ミステリアス様?」
「あ、お名前は存じないのですが、浅黒い肌で砂色の髪の毛のエキゾチックなハンサムさんがいらっしゃるでしょ? 最近、側近に加わったと思っていたのですが」

 そういえば、ミステリアス様は紹介されていないし、私の護衛につくことはなかったので、未だにお名前を知らなかった。

「あぁ、ダヴァン様ね。ダヴァン様はイートス伯爵のご嫡男で……あら? イートス伯爵の系図が思い出せないわ。私としたことが」

 扇子を頬に当てて、首を傾げたエブリア様は「おかしいわね」とつぶやいた。

「ねぇ、陛下とのご挨拶の際に、新しく加わった方はいるかしら?」
「はい。何人かいらっしゃいます」
「特徴を教えてくれるかしら?」

 今朝、陛下に耳打ちしていた侍従もそうだし、私の慰留派の貴族もそうだ。
 「他にいたかしら?」とカイルを振り返ると「完璧です」という答えがあって、にっこりする。
 それを聞いて、エブリア様はうなずいた。

「お父様に調べてもらうわ。いつの間にか、私たちもなんらかの目くらましに遭っているようね」

 エブリア様によると、ダヴァン様は昔から側近にいたような気がするけど、よく考えたら、存在があやふやになってきたらしい。

「そちらの問題は置いておいて、あなたにお願いがあるのよ」
「やります!」

 前のめりになって言うと、エブリア様が「まだ何も言ってないわ」と笑った。
 私のせいなのに、なにもできないで閉じ込められているような状態を打破したかったから、できることがあればやりたかったのだ。

< 32 / 79 >

この作品をシェア

pagetop