魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。
 出発してから、ちょうど十日が経ったとき、今までとは雰囲気の違う町に入った。
 人通りはほとんどなく、歩いている人も口を布で覆って、急ぎ足で通り過ぎてゆく。
 疫病が蔓延している町だった。
 患者を乗せ、運んでいる荷車ともすれ違う。
 町に入る前に、オランから私たちにも長い布が渡され、口もとに巻くように言われた。

「ここでは馬を替えるだけで、すぐ出発します。本当は寄るつもりはなかったのですが、馬の調子が悪いので仕方がないですね」

 顔をしかめてオランが言う。
 ときどき御者や馬を替えているものの、強行軍なのは変わらないから、馬もバテてしまうのだろう。

 宿屋で休憩がてら、馬を交換してもらう。
 その間に宿の主人とオランが話していた。

「疫病のせいで商売あがったりだよ。みんな、補給だけして通り過ぎていくんだ」
「そんなにひどい状況なんですか?」
「あぁ、患者は病院に入り切らず、テントに寝かされてるし、葬式も間に合っていない」
 
 ぼやく主人の言葉に私は息を呑んだ。
 噂でしか聞いていない疫病の実態がここにあった。

 そこに、火のついたような子どもの泣き声が響いてきた。
 
「どうしよう、あんた! この子が朝から下痢と嘔吐が止まらないんだよ!」

 四、五歳くらいの幼児を抱えた奥さんが駆け込んできた。
 子どもは「いたいよ、くるしいよ〜、ママ〜!」と泣き叫んでいた。
 典型的な疫病の症状だと思われた。
 初めて間近に見る疫病患者に胸が痛くなる。

(こんな小さな子どもが……)
 
「バカッ、こんなところに連れてくるな! 医者に行けばいいだろ!」
「だって、疫病だってわかったら、隔離されるんだろ? あんなところにこの子をやるのかい?」
「そうは言っても……」

 困惑している主人にオランが声をかけた。

「お取り込み中のようなので、私たちは行きますね」
「あぁ、申し訳ない」

 私たちの相手どころではないと子どもから目を離さずに主人が言った。
 私は意を決して、そこに近づいた。

「アイリ様!」

 オランが見咎めるけど、私は止まらなかった。

「浄化!」

 あんなに泣いていた子どもがキョトンとした顔になった。
 急に痛みがなくなったからだろう。

(よかった……)

「行きましょう!」

 オランが急かし、今度は私も従った。

「今のは……?」

 主人の呆然としたつぶやきが耳に入ったけれど、私たちは急いで馬車に乗り、出発した。

「待ってくれ!」

 宿屋から飛び出てきた主人が叫ぶ。
 でも、オランは馬車を止めなかった。

 私はカイルの胸に顔を押しつけ、泣くのを堪えていた。

(ごめんなさい、ごめんなさい……)

 本当なら私はみんなを治せる能力があるはずなのに。
 こんな中途半端なことしかできなくて、ごめんなさい。

「疫病はアイリ様のせいじゃありません」

 静かなカイルの声と私の後ろ髪をなでる優しい手。
 カイルとの旅に浮かれていた自分が恥ずかしい。

 落ち込んだまま、次の町に着いた。今日はここに泊まるらしい。
 オランから「もう迂闊なことはしないでください」と怒られた。
 留めおかれて、本来の浄化能力を取り戻すのが遅くなったらどうするのですかと。
 本当にその通りなので、謝るしかできない。
 
「離脱できたのだから、もういいではないですか」

 カイルが庇ってくれるけど、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 宿で夕食を食べ、お風呂に入り、ベッドで横になった。
 目をつぶると、昼間に見た子どもの様子を思い出し、テントに寝かされている患者さんの姿を想像してしまう。
 うとうとした瞬間に、患者さんが押し寄せ、私に「治してくれ!」「治して! 苦しいの」とすがってくる夢を見て、ハッと目覚めた。
 そんなことを繰り返す。

「アイリ様、失礼します」

 温かい腕に包まれた。
 カイルが抱き寄せてくれたのだ。
 優しく背中をさすられる。

「アイリ様はなにも悪くないです。それにもうすぐ魔女のところに着きます。そうしたら、きっと本来の浄化能力を取り戻して、疫病を一気に浄化できるようになりますよ」
「ありがとう、カイル」

 落ち着いたカイルの声が心に沁みる。
 体温の高い彼に包まれていると、心が落ち着いて、その後は夢も見ず、安眠することができた。
 だんだんお腹に当たる辺りが熱くなってきたのはなぜだろうと思いながら。

 
 
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