魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。
 翌朝、森に向かって出発した。
 
「あそこは師匠が(まじな)いをかけているので、迷いの森となっています。私から離れないようにしてくださいね」

 オランにそう言われて、コクコクとうなずくアイリ様が可愛い。

「それでも、はぐれてしまったときは、『マーベルシアの魔女』と呼びかけてください。師匠は名前を呼ばれるのが嫌いなので、なにかしらの反応があるはずです」
「それは好意的な反応にはならない気がするのですが」
「森の中をぐるぐる歩き回るよりはマシでしょう」

 アイリ様にそんなことをさせるわけにはいかない。
 俺は微妙な気持ちでうなずいた。

 森への道は村人が踏み固めているので、それほど歩きにくくはない。
 森の入り口付近は呪いがかかっていないので、村人がしばしば果実や薬草を採取しに入っているらしい。

「アイリ様、疲れたらおっしゃってくださいね。抱えますから」
「大丈夫よ、カイル。ありがとう。あ、でも、手を繋いでもいい?」

 上目遣いでねだるアイリ様は今日もとてつもなく可愛い天使だ。

(よ、喜んで!!!)

 手を繋いでほわほわとした気分で、森へと向かう。
 うららかな日差しにさわやかな風が吹き、隣には愛しいアイリ様。
 なんたる幸福。
 なんのために歩いているかを忘れそうだ。

 と気分よく歩いていたのに、ふっと不穏な匂いを感じて、ピクリと鼻を動かした。
 俺の嗅覚が森の中に忍ぶ数人の気配をとらえたのだ。

「オランさん、森の入り口付近に何者かが潜んでいます」

 そう伝えた瞬間に、ヒュンヒュンと鋭い音を立て、なにかが飛んできた。

「危ない!」

 慌てて、アイリ様を背中に庇う。
 飛んできたのはいくつもの矢で、オランの前ですべてパタッと落ちた。
 どうやらオランがなにかの魔法で落としたようだ。

「どうしますか?」
「私が魔法で防御しますので、進みましょう。森の中に入らないと意味がありません」
「わかりました」

 俺はアイリ様を抱き上げた。

「カイル?」

 俺の首もとに掴まったアイリ様が見上げてくる。
 かわいい。

「走るかもしれないので、この方が早いです」
「それがいいですね。森の中に入ったら、奥まで走って、師匠を呼んでください」

 オランも同意してくれて、俺たちは矢が飛んでくる方へ走り寄った。
 ことごとく矢が弾かれるのを見て、敵は弓矢をナイフに持ち替えて、姿を現した。
 相手は四人だった。
 と認識するや否や、一人に稲妻が走って倒れた。

「クソッ」

 刺客は苦々しげに吐き捨て、一気に襲ってきた。
 そこに、オランが手を横に振り払う動作をすると、風に煽られたように四人が仰向けになって吹っ飛んだ。

(オランって、むちゃくちゃ強かったんだな。さすが魔女の弟子だ)

「こいつらの相手は私がするので、あなたたちは早く森の中へ!」

 促されて、俺は刺客を避けて森の中へ入ろうとする。
 刺客のひとりが俺たちを追おうとしたが、オランの魔法に阻まれる。
 背中をオランに預けて、俺はひたすら森の中を突き進んでいった。


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