魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。
「ふぅ」

 少し疲れたように魔女が息を吐いたとき、戸口からオランが入ってきた。

「師匠、ありがとうございました」
「あぁ、オラン、ちょうどいいところに。例の特製スープを作っておくれ。これは難航しそうなんでな」
「かしこまりました」

 オランは来るなり、台所に行った。魔女の家は玄関からすぐ居室で、その奥に台所らしきものがあるといった狭いものだった。さすがに寝室は別にあるようだが。

「やっぱり難しいんですか?」

 心配そうに聞くアイリ様に、魔女は「悪いがやってみないとわからない」とそっけなく答えた。

「ダルシーナの魔法の痕跡を感じるが、お前の魔力が強すぎて、抑えるのが困難なのさ」
「ダルシーナ……」

 アイリ様が首を傾げた。
 王太子を操っている呪いもダルシーナのものじゃなかったか?
 魅了の垂れ流しまでダルシーナのせいだったとは!

「なにか心当たりがあるのかい?」
「言われてみれば、十歳ぐらいのとき、ダルシーナの商人がうちに来たことがあるのです。ちょっと不気味な人で記憶に残ってるんですが、私を見て、ニヤリと嫌な嗤いを洩らして……その後の記憶があいまいなんです。考えたら、その頃から、やたらと男の人につきまとわれるようになった気がします」

 なんてことだ!
 ダルシーナの商人め、俺のアイリ様になにするんだ!
 まだ、俺がアイリ様にお仕えする前のことだけど、防げなかったのを不甲斐なく思った。

 それから魔女は、長い間アイリ様の手を握ったまま、寝ているのかと思うほど身動きもせず、瞑想していた。
 シーンと静まる中、聞こえるのは、カチャカチャとスープを作るオランの音だけだった。
 そのうちに、プーンと香辛料の効いた刺激的な匂いが漂ってきた。
 
(さっき言っていた特製スープの匂いなのか?)

 俺はこうした刺激臭は苦手だ。
 狭い空間なので、すぐに匂いがこもってきて、耐えられず、オランに断わり、窓を開けた。
 新鮮な空気を吸って、一息つく。
 俺は窓際で、魔女の様子を見守ることにした。
 
 魔女の瞑想は日が傾くまで続いた。
 そして、突然、ガクッと肩を落とすと、揺り椅子の背にもたれかかった。
 疲労困憊している様子の魔女に、オランが用意していたスープを飲ませた。

「大丈夫ですか?」

 さらに老いて縮んだようになっている魔女を気づかって、アイリ様が肩をさすった。
 魔女は軽くうなずくだけで、口もきけないほど疲れているようだった。
 しばらくオランにスープを飲ませてもらっていた魔女はようやく人心地がついたようで、背筋を伸ばした。

「歳を取るというのは嫌だね」

 独り言ちるように言うと、魔女はアイリ様を見つめた。
 
「イメージだが、お前の魔法の器は、大穴が開けられていて、そこから魅了が漏れている。いや、漏れているというもんじゃないな、溢れ出ている」
「そうなんですね」
「その穴を塞ごうとしたんだ。でも、穴が大きすぎるのと、お前の魔力が強大すぎて、あと少しが塞がらないんだ」
「そうですか……。ありがとうございました」

 アイリ様が沈んだ顔でうつむいた。

(魔女にも治せないということはもう手がないってことか?)

 それでも、決して魔女を責めることは言わないのがアイリ様のすごいところだ。
 そこへ魔女が声をかけた。

「まだ手はあるよ」
「本当ですか!」

 ばっと顔をあげ、魔女に迫るアイリ様。
 勢いがあるというのもアイリ様の美点だ。
 ちょっと顔を引いて、魔女が答えた。

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