華夏の煌き
「陸殿は先週、任期が終わる予定だったのですが、ある時ふっつりといなくなってしまったんです。最後に門番が国を出たのを見たらしいですが」
「国を出るって? 西国に向かったってこと?」

 机に突っ伏して頭を抱えている絹枝の背中を撫でながら、星羅は震える声で聞いた。

「西国というか、門のそばに宿屋があるんです。陸殿は最近、そこへ通っていたらしくて」
「宿屋? 宿屋に何があるの?」
「あの、その」
「はっきり言って」
「宿屋でもありますが、妓楼でして……」

 その話を聞いて、絹枝が身体を起こす。

「まさか! 明樹さんがそんなところに行くわけないわ!」
「お義母上、どうか、落ち着いて」

 星羅は興奮して立ち上がりかけた絹枝を腰掛けさせる。

「は、はい。陸殿はそのようなところで遊ぶ方ではありません。し、しかし……」

 星羅にも明樹が妓楼で女遊びすることなど信じられなかった。

「その店を捜索したの?」
「捜索というか、西国の領土になりますので、店の者に聞くくらいしか……」
「店の者はなんて?」
「立ち寄ったが、そのあとは知らないと」
「そう……」

 母の胡晶鈴につづいて、夫の陸明樹まで西国で行方不明になってしまった。

「ありがとう。帰っていいわ」
「はっ! 失礼します」

 若い兵士は拱手して下がった。ちょうどその時、貴晶がやってきた。利発そうな瞳と広い額をみせ「徳樹が起きました」と星羅に告げる。

「ありがとう。見て来るわ。貴晶さんはお母さまをお願いね」
「はい。どうしたのですか? かあさま。頭でもいたいのですか?」

 貴晶は小さな手を絹枝の額にのせ、心配そうに見つめる。

「貴晶さん……」

 絹枝はその小さな手をとり、しっかりと彼の身体を抱きしめていた。星羅は暖かそうな二人の様子を見ながら徳樹のもとへ行く。
 大きな籠に入っている徳樹は機嫌良さそうにほほ笑んでいる。

「明兄さま……」

 笑った顔が明樹にそっくりだ。

「もうわたしは子供ではない」

 星羅は徳樹を抱き上げ、ぬくもりを感じる。そして明樹を探し出す決心をした。
 
87 旅路
 馬を走らせ星羅はまっすぐに明樹の駐屯地を目指す。旅の供は馬の世話係の許仲典だ。

「星羅さん! 次の宿で休まねばだめだ」
「もう? もう少し行けないか?」
「無理だ。馬がもう走れねえ」
「そうか……」
「んだ」
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