華夏の煌き
 ジャーマンの言葉の意味を深く考えずにジェイコブはジンリンを手放した。

「善は急げだ。ジンリン、出かけよう」

 いきなりやってきて、いきなり一緒に旅に出ようという瞬発力に、物事に動じない晶鈴もさすがに呆気にとられる。

「ジンリン。これは餞別だ。困ったら金に換えなさい」

 ジェイコブは腕にはめていた純金の腕輪を外し晶鈴に渡す。

「ジェイコブ様……」
「機会というものは早々にない。それをジンリンもよく知っているだろう?」
「ええ、まさしく」

 晶鈴の占いでも、好機が来たと出れば、ジェイコブは心配しながらでも乗ってきた。今では自然に、乗るべき波と、見送る波がわかる。流雲石しか持たない彼女は着の身着のままで、ジャーマンとともにフガー家を出る。
 改めて立派な屋敷を眺めジェイコブに幸あれと祈る。ジェイコブはこの後、国が分裂しても翻弄されることなくフガー家を保ち続けるのだった。

「では、私の屋敷に参ろう。手を取って」

 ジャーマンが手を差し伸べたが、晶鈴は出会ったばかりの男の手を取る習慣はなくじっと彼の手を見た。

「ほら、繋いで」
「え、繋ぐのですか? 手を引いてもらう必要はありませんが」
「ふふふっ。言葉で説明するよりも行動で示したほうが良いだろう。さあっ」

 ジャーマンは強引に晶鈴の手をとり握る。

「目を閉じて」
「目を?」
「うん。良いというまで空けないように」
「はあ……」

 考えてもよくわからないので、晶鈴は彼の言うとおりに目を閉じ「空けていいですよ」と言われて目を開いた。

「え?」

 今まで居た、石畳とフガー家はすっかりなくなり、深い森の中にいた。

「ここは……」

 空気もしっとりと湿り気を含み、涼しい。

「ほらね。場所を変えるのに資金が必要ではないのだ」

 何かに化かされているかのように、晶鈴はジャーマンの誘うまま、彼の森の中の立派な屋敷に入っていた。こうして晶鈴は彼のもとで不思議な術を学ぶ。晶鈴はジャーマンの見込んだ通り呑み込みが早く、彼の教える色々な技を覚えていった。それでも思考と肉体の解放に数年かかった。

 数年の間に浪漫国の帝政が終わりを告げる。民主制が始まったのだ。強大だった浪漫国は数多くの国に分裂し、それぞれの市民が国の元首を選んだ。身分は一切なくなり、奴隷はすべて解放され平等な市民となる。

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