華夏の煌き
 再び太極府に訪れた慶明は、陳老師に取次を頼み、建物の一番奥まで案内された。長い廊下はどんどん薄暗くなり、まるで洞窟を進むような不安感のある通路に慶明は息苦しさを覚える。先を歩く案内の占い師がかすんで見えるくらいぼんやりし始めると「こちらです」とかすかな声が聞こえた。

「う、うむ。では」

 意識をはっきりさせ、返事をすると「ではわたしはこれで」と案内はまた暗く長い廊下を下がっていった。目の前の重々しい濃紺の間仕切りの布をすっと横に寄せ、「失礼します」と部屋に入った。入口以外の壁は書物できっしりと埋まっている。

「ようこそ。どうぞここへお座りなさい」
「ありがとうございます」

 遠目でしか見たことがなかった陳老師は、思ったよりも若々しく人懐っこい様子だった。慶明も晶鈴もこの都に来た時に、もう陳老師は最高位で相当な高齢のはずだった。まるで仙人のようだという感想をもっていると「で、なんのご相談かの?」と柔らかい声で尋ねられた。

「晶鈴が人違いでさらわれてしまい、彼女の娘が都まで来ています。晶鈴を救う方法などあれば教えていただこうかと」

 慶明はとにかく晶鈴をこの国に戻すことを望む。陳老師は白い長いひげをするすると撫で、静かに口を開く。

「晶鈴はそういう運命じゃろう。もし会うことが叶ったとしてもこの国で留まることはないかもしれん」
「そんな……」
「わしも晶鈴の行方をずっと追っていたんじゃ。最後の報告で国から出てしまったことを聞いた」
「えっ? 老師は晶鈴の行方を知っていたのですか?」
「うむ。医局は知らんが、太極府にはそれなりに情報網があるのでな」

 能力を失った彼女を、使い捨てるように誰も関心を持っていないと思っていたが、そうではなかったようだ。太極府を去った者の行く末が安定するまである程度は見守るらしい。

「情報と予知ができても、防げるわけではないのだが……」
「そうですか……」
「そう心配する出ない。晶鈴の身が危なくなることはないようだから」
「はあ……」

 一定の期間を空けて、晶鈴のことを太極府の卜術占い師に観させているようだ。今はそれを信じるしか慶明には手立てがなかった。

「晶鈴の娘か。何かしら才があるやもしれぬな。生まれた年月日などはわかるのじゃろう?」
「ええ。控えてきました」

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