カタストロフィ

ターニングポイント




「ダニエル、最近はどう過ごしているの?あなたがこの頃は体調を崩さなくなったとミセス・グリーンヒルから聞いているわ。何か健康を保つコツでも見つけたのかしら?」

ダニエルは実のところ、年齢以上に若々しく、たおやかな笑みを浮かべる母が苦手だった。
別に嫌いではないが、話しをしても何かが噛み合わないのだ。

「フレッチャー先生に食生活を管理され、毎日適度な運動をするようご指導頂くようになってから体が変わりました。だいぶ健康になったと思います」

「まあっ!」

シェフィールド伯爵夫人は表情を取り繕うことすら忘れ、素の状態で驚嘆した。
いつも淑女らしく、たおやかな微笑みを崩したことなど無かった母から感情を引き出せて、ダニエルは奇妙な満足感に包まれた。

「ダニエル、今度の先生はとっても良い方なのね……あんなに女家庭教師(ガヴァネス)や他人に警戒心を剥き出しにしていたあなたが、こんな風に誰かを慕うなんて」

色々と思うところがあったのか、伯爵夫人はハンカチを取り出すと目尻を伝う涙を拭った。
その一方で、ダニエルの兄たち、レイモンドとマーカスの二人は気まずそうな表情で目配せしていた。

数年前にダニエルの身に降りかかった災厄については、レイモンドもマーカスも知っていた。
しかし直接現場に鉢合わせたわけではなく、すべて事が終わった後に父から報告を受け、他言無用と念を押されただけである。
歳の近い二人は幼少期からよく行動を共にしていたが、ひと回り近く歳が離れたダニエルとの接点はあまり無い。
血のつながった兄弟ではあるが、腹を割って話せるほど仲は良く無いため、ダニエルと兄たちの距離感は常に微妙なものであった。

「お母様、なぜ泣いていらっしゃるの?」

困惑したような声を上げたのは、シェフィールド家の一人娘メアリーである。
普段ならダニエルと共に子供部屋で食事を取るが、今日は特別に晩餐会に列席している。

「お母様はダニエルが成長していることが嬉しくて泣いてしまったの」

「悲しくなくても涙って出るの?」

「ええ。嬉しい時も涙は出るわ」

「なら、私が大きくなった時もお母様は泣いてしまうの?」

3つ年下の妹の純真無垢な質問を聞き流し、ダニエルは心の内でジワジワと広がっていく冷ややかな感情を封じ込めた。

メアリーの穢れを知らぬ澄んだ瞳が羨ましくて、妬ましくて、自分と比較してしまう。
同じ歳の頃の自分は、裸で鞭打たれ、性器を弄ばれていた。
跪いて床に落ちたミルクを飲むよう強要されたことも、顔の上に跨られてグロテスクな女性器を舐めさせられたこともある。


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