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「あの、とりあえず、一枝さんと一度お会いしたい」


とにかく、永倉さんじゃなく、一度一枝さんと話さないと。


「お前、携帯ないんだったな。
そういや、俺、兄貴の名刺何枚か持ってるから、一枚お前にやる。
直接、兄貴の会社に訪ねろ。
話ぐらいは、兄貴に通しておいてやる」


そう言って、永倉さんはスーツのポケットから財布を取り出し、
それを一枚私に渡してくる。

それを受け取る為、私も立ち上がった。


「なんで、一枝さんの名刺持ってるんですか?」


「くれんだよ。
会社がデカクなる度に、記念だとか言って押し付けてくる」


そう困ったように眉間を寄せているけど、
その名刺を捨てないんだ、とちょっと笑ってしまう。



「兄貴の事、頼むな」


唐突にそう言われ、え、と永倉さんの顔を見てしまう。


「もし、この先俺が死んだら。
兄貴、ちょっと涙脆い所あるから」


「いや、死ぬとか。
永倉さんは死なないですよね?」


ヤクザなんかやってたら、危険な目に遇う事は多いだろうけど。


けど、この人が死ぬなんて…。


「んな事、分かんねぇだろ」


そう、いつものように鼻で笑われた。


私は手の中にある、一枝さんの名刺に目を向けた。


「―――本当に、一枝さん凄い人だったんだ」


一枝さんの正体を知り、思わず絶句してしまった。

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