シンガポール・スリング
・・・・・・
なぜかシュンリンのベッドの上に座らされている。
未希子は夕食が冷めてしまうのを気にしながら、この状況を理解しようとしていた。
「レンが過保護になるのもわかるわ。未希子ちゃんを野放しにしちゃったら、その辺のオオカミにすぐ食べられちゃうもの」
それはまずないだろう。
今の今まで彼氏という存在がいなかったのだから。
今レンとこうしているのも、マダム・リンのおかげだ。あのカフェでバリスタを続けていたら、間違いなくシングルで人生を全うしていたに違いない。
なんせ、半分以上は女性客で、男性客のほとんどが退職された方か学生なのだから。
「あんな冷徹で仕事バカのどこがいいのかわからないけど、まぁ顔は悪くはないわよね。あの容姿と地位があったから、多くの女性達と浮き名を流してきたんだろうけどそれ以外はねぇ。まぁどれも女性の方から離れていったんだけど」
「え?そうなんですか」
「当たり前よ。だってレンはロマンチックのかけらもない男でしょ?お金と地位と容姿があったって、あれじゃあねぇ」
かなりの言われようである。身内だからだろうか。
「シュンリンさんの婚約者は・・・」
「アランのこと知りたい?フフフ。写真なら見せてあげるわよ」
そういうと、携帯をスクロールさせて未希子に見せた。
うわぁ。か、格好いい・・・・。
かなりアップで撮られた写真でこちらに笑顔を向けている男性は、俳優顔負けの容姿で、見たこともない瞳の色をしていた。
「アランはフランスレストランでデザート担当なの。すっごくおいしいのよ」
こんなハンサムな男性、会おうと思って会えるものではない。少なくともレンに出会うまで、未希子の人生の中では一度もなかった。シュンリンが二つ目のスーツケースに手を付け始めたのを見て、二人の出会いについて尋ねてみた。
「ああ。カフェでアフタヌーンティーのセットを頼んだんだけど、いまいちでね。シェフを呼んで文句を言ってたところに、彼が現れて・・・」
・・・・彼女なら言いそうだ。
「す、すごいですね。私なら何も言わずに食べて、もう二度と来ないと思いますが」
するとほっそりとした長い人差し指を前に突き出しチッチッチッとしながら、それじゃあダメなのよとシュンリンがダメ出しをしてくる。
「客がきちんと感想を述べなかったら、あのシェフはいつまでたっても良くならないでしょ?シェフの仕事は料理をただ作るんじゃなくて、いかに食べる人に喜んでもらえるかなのよ。もちろんおいしかった時も伝えるけど、良くなかったときはどこが良くないと思ったか伝えなきゃだめなのよ」
「そ、そうですか。・・・で?」
「ちょうどそのカフェにいたアランが失礼しますって会話に入ってきて、一口ケーキを食べた後シェフの顔を見て、残念だけどこの女性が言っていることは正しいって」
「うわぁ・・・」
「正しいのは当たり前なの。だって本当にひどかったんだから」
荷解きをしながら淡々と話しているが、その場を想像すると恐ろしい。
「それが・・・彼との出会いだったんですか」
「そうよ。そのシェフ激怒していたけど、こんなにはっきり感想を言ってくれる客に出会えて幸せですねって肩をたたいてたわ。それから私に向かって美味しいケーキのお店があるんですがいかがですかって」
世界が違うと出会いなどもこんなに違うんだと妙に感心する。
シュンリンの話によると連れていかれたのはアランのレストランだったそうで絶品のフルーツタルトを食べた後、交際がスタートしたそう。
「私の話なんてまた今度でいいの。三日しかないんだから時間を無駄にはできないわ」
「は?」
「未希子ちゃん、とりあえず夕食を食べて、その後じっくり未希子ちゃんとレンの話を聞かせてね」
自分の家にいるはずなのに、シュンリンに振り回されている未希子だった。