シンガポール・スリング
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シェフにダメ出ししたシュンリンが、どこまで未希子の作った夕食にチェックを入れてくるかビクビクしていたが、何とか及第点は取れたようだった。シュンリンの細い体のどこに入って行ったのかと思うほど、彼女はかなりがっつり食べて、おかわりまでしていた。
「それじゃあ未希子ちゃん、ガールズトークしましょ」
シュンリンが未希子の左手を取って部屋に行こうとしたとき、レンが未希子の右手をガシッと掴んだ。
「だめだ」
「だめって何よ?私達、まだいっぱい話すことがあるの」
「アランと話せ。未希子は明日仕事だ」
「私だって仕事があるのよっ!」
「じゃあ、部屋に入って早く寝ればいいだろ」
未希子を境に両隣でバトルが繰り広げられる。
「こうなるのが嫌だったから、ホテルを取るって言ったんだ!」
「家族になる人間と話して何が悪いのよっっ!!」
「仕事で来てるんだろっ!仕事に集中しろ」
「ちゃんと仕事はしていますっっ。誰かさんが投げ出した余計な仕事まで引き受けてね!!」
シュンリンは怒鳴り返すと激昂したまま寝室に入って行った。が、すぐにバンッと寝室のドアを開け、レンを指さしながら未希子に言い放った。
「未希子ちゃん、こんな良心のかけらもない男でほんとにいいの?いい男ならシンガポールに山ほどいるから、辞めるなら今のうちよ!」
シュンリンはさっきと同じようにバンッとドアを閉め、残ったのはひどく気まずく感じる静寂だけだった。未希子は硬直したままそっとレンを盗み見た。
レンは相当怒り狂っていながらも、何とか怒りを爆発させないようにしている。膨れ上がった怒りをある程度抑えた後、未希子の手を取り有無を言わさず寝室へと連れて行った。
寝室に入るとすぐレンは未希子を抱きしめ、顔を未希子の首元に埋めた。
「すまない・・・」
もう絶対シュンリンは連れてこないから。
未希子はレンの腕をポンポンと軽くたたくと、レンの方を振り向いた。
「私は大丈夫ですよ」
「・・・・」
「レンさんは大丈夫ですか」
大丈夫じゃない―――。未希子の額に自分の額を乗せ眼を閉じる。
「華人として生きてきたからか、親戚との距離感が時々息苦しく感じる。かといって日本人のような家族観もいいとは思っていない。でも中国人は本当に距離感が近いんだ。良い時もたくさんあるが、うっとうしく感じる時もある」
「仲がいい家族って、素敵だと思いますよ」
「日本人の感覚でいったら、シュンリンなんて遠すぎて家族にすら入れないだろうな。だがあの家族とウチは仲が良くて、家族ぐるみの付き合いをしている」
―――じゃあ、いつか私もその一員になれるんですね。
目を丸くして未希子を見る。
「そんなに罪悪感を感じなくても大丈夫ですよ。好き嫌いあると思いますが、私は嫌いじゃありません」
シュンリンさん、とてもいい人ですよ。
未希子は唖然としているレンの頬に手を伸ばし落ち着かせるように撫でる。
シュンリンさんが言うように、いい男性、シュンリンさんの周りにはたくさんいるとは思いますが・・・・
「私はレンさんが好きです」
未希子はしっかりとレンの目を見て言い切った。
―――完敗。
レンは縋りつくように未希子を抱きしめ、キスの雨を落とす。小さくて、庇護欲をそそる未希子。だが気づけばその小さな体でレンの心をしっかりガードしていた。
ベッドに寝かせ、上着をベッドサイドに放り投げる。
え・・・・
次々と服を脱ぎだすレンを目の前に未希子は硬直した。
あの、シュンリンさんが・・・・
後ずさりしようとしたがすでに遅く、レンの両ひざが未希子の腰をがっしりと抑え込んでいた。
「今日は声、我慢して」
未希子の耳元で甘く囁いた後、腕の中にいる愛しい人に笑みをこぼした。
End
