シンガポール・スリング

・・・・・・・

未希子――?
一週間ぶりに見た未希子は前よりもっと小さくなっている気がした。
なぜここにいる?もしかして自分に会いに来たのだろうか。
静かだった心臓が急に高鳴りだす。
あの小鹿のような眼がまるで居場所を失ったかのように不安そうに見つめてくる。全面降伏してしまいそうな自分に嫌気がさし、他の方向に目をやった。
突然違う方向に視線を移したため宮本が一瞥してきたが、気づかなかったように歩き続ける。彼女の横をすれ違った時に、ちらっと彼女を見ると手に握られていた傘が目に入った。

――― 傘を、返しに来ただけか。

自分に会いに来たわけではなかったと知ると、ショックを受けている自分がいた。足早に彼女の横を通り過ぎ、車へと乗り込んだ。

「社長、何かありましたか」

「・・・・いや。何でもない」

宮本は後ろを振り返り、じっとレンの顔を見たがそうですかと答え、タブレットを開き、今日の予定を説明し始めた。レンはスモークガラスの向こう側にいる未希子の姿を見つめた。振り返るだろかと息を潜めて見ていたが、車はそれを待つことなく進み始めた。

「それから・・・」

宮本は一通り今日の説明をした後、先ほど会長から連絡がありましてと前置きをし、6時からアーベレとの夕食会に出席していただきたいとのことです。

アーベレ?電機会社の?

「会長の方から5時以降の予定をすべてキャンセルするように言われております」

「・・・・・」

「・・・・お見合いのお話かと」

秘書に言われるまで、自分が両親に頼んでいたことなどすっかり忘れていた。

「そう・・・だったな」

レンは感情をすべて押し殺すために、目を閉じて静かに息をついた。しかし、目を閉じると脳裏によぎるのは未希子との時間だけだった。

スコールの中、不安そうに空を見上げていた彼女。

ランチで満足そうに笑みを浮かべる彼女。

セントーサ島で肩を組んだ時の真っ赤な顔の彼女。

うっとりした表情でナイトショーを見ていた彼女。

そして、ホテルでキスをした時の彼女---。


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