結ばれないはずが、冷徹御曹司の独占愛で赤ちゃんを授かりました
 龍一もふっと口元を緩ませる。

「お母さんたちが結婚してすぐ……あれが最初で最後の家族旅行でしたね」

 当時中学生だった凛音はともかく、もう成人していた龍一は本意ではなかっただろうが、家族となった四人でここに一泊した。

 夕食をともにした程度でなにをしたわけでもないのだが、このかわいらしい家に心がときめいたことはよく覚えている。

「龍一さん、ピアノを弾いてくれましたよね」
「あぁ、そうだったな。まだ音が出るかな?」

 龍一はピアノの前に座り、そっと蓋を開けた。

 彼の指先の動きに応じて、ポロンと美しい音が跳ねた。どうやら定期的に調律がなされているらしい。

「ここは地元の小さな管理会社に任せているんだが……もっと大きい仕事も頼むことにしよう。信頼に足る企業だ」

 クスクスと笑いながら彼は言う。

「あの日はなにを弾いたんだったか」
「えぇと……」

 凛音は目を閉じ、あの夜のことを思い返す。

「エルガーです」
「愛のあいさつ」

 ふたりの声が重なって、どちらからともなくほほ笑み合った。

 龍一の長い指が、もう一度その曲を奏ではじめる。
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