カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない~
「由華ちゃん、わかってるとは思うけど、仕事が終わったらちゃんとここに帰ってくるんだよ?引っ越しの手続きは急だったけど今日中に終了する様になってるし、由華ちゃんの荷物も夕方にはここに運び込むように手配してるからね」

私に何度も何度もそう言って、蒼空は渋々出勤のために家を出た。

朝の出来事を思い出すと、せめてベッドだけでも別にしたいと思ってしまったけれど、それは間違いなく却下されるのが目に見えているので口には出さなかった。

これで私達の新婚生活は無事スタートを切ったわけだけど。

問題は……。

「行くしかないよね」

これから待ち受けているのはきっと突然お客様と結婚してしまった私への処分と質問の嵐だろう。

わかっているからこそ職場の前で右往左往しているのだけれど、遅刻するわけにもいかないし、こんなことをしていても逃げられるわけではない。

私は意を決してドアノブに手をかけ、それを思いっきり引いた。

「おはようございます!」

いつもよりも大きな声で挨拶をしたのは、どうせなら一斉に好奇の目に晒されたいと思ったからだ。

陰でこそこそと噂されるより、いっその事全員纏めてかかってきてくれ、という合図。

さぁ来い、と覚悟を決めたのだが、帰ってきたのは『おはようございまーす』といういつもの返事だけだった。

拍子抜けとはまさにこのことだが、上司にはきちんと説明しなくてはならないだろう。

私はゆっくりとデスクに荷物を片付け、部長のもとへと向かった。
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