孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
「その後、霞に契約結婚を提案した。中学時代のクラスメイトだからって、再会してすぐそんなこと言えます? 普通」

「あいにく、恋愛において、僕に普通という概念はないんだ」


足を止め、次々と畳みかけてくる彼女に真正面から対峙した。
鹿野さんも、つられたように立ち止まる。
唇を結び、僕に目線を上げた。


「中学時代、霞のこと好きだったんでしょう?」


歯に衣着せぬ率直な質問に、僕は一瞬怯んだ。
しかし、それはおくびにも出さず、白衣のポケットに両手を突っ込んで間合いを取る。


「それは、茅萱さんに聞いたんじゃないよね」


鹿野さんは、「ええ」と目を細めた。


「霞は知らないか、覚えてないから」


煙に巻くような言い回しに、僕はひょいと肩を竦める。


「覚えてない……そう。彼女には伝わってもいなかった」


くるりと回れ右をして、再び先に歩き出した。
僕の靴の底が、リノリウムの廊下をキュッキュッと鳴らす。
背後に続くワゴンの音で、彼女もついて来ているのがわかる。


「それを今、霞にちゃんと言わないのはどうしてですか?」


質問をぶつけられ、僕はピクリと肩を動かして反応した。
――今さら言ってどうする。
届かなかった、伝わらなかった淡い想いを。
< 134 / 211 >

この作品をシェア

pagetop