孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
「霞……?」

「だから」


窺うような呼びかけを、声を張って遮る。


「霧生君、言ったでしょ。私にもメリットがなきゃいけない。だったら……別居婚にして」


早口で捲し立ててから、思い切って顔を上げた。


「……え」


霧生君は戸惑いの色濃い瞳で、私を凝視している。
私は黙ってその場に立ち上がった。
彼の視線がついてくるのを感じながら、窓辺に進む。
カーテンを摘まみ、ついさっきまで霧生君がそうしていたように、窓の外を見遣った。


私の部屋は、通りに面している。
この時間、病棟の遅番勤務の看護師が帰宅するには少々早いからか、通りに人の姿はない。


「ちょうどいいから、私はこのまま寮に残る。霧生君はもう帰って」

「っ、霞」

「今なら、人目につかずに帰れるから」


私が振り返ると、霧生君は腰を浮かせた体勢で、ピタリと動きを止めた。
そして。


「……ちょっと待てよ」


ロボットみたいにギクシャクと立ち上がり、まっすぐ私に対峙する。


「それで君は、もう帰ってこないってこと?」


私は目を伏せ、一度頷いて応えた。


「私と霧生君の結婚に、実態は必要ない。紙切れだけで十分だもの。なにも、同じ家で生活しなくても……」

「実態……。やっぱり……この間のこと、怒ってる?」


探るような質問に、こくりと喉が鳴る。
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