溺愛ハンティング
「あ、あの、八木さん?」

 抱き締められたことに気づき、私は慌てて離れようとした。
 ここは病院のロビーだし、たとえそうでなかったとしても、こんな状況はありえない。

「離していただけませんか?」
「嫌です」

 八木さんは私を離すどころか、ますます腕に力を込めた。

「八木さん!」

 もう三時を回っていたから患者さんの姿は多くなかったが、それでも私たちが注目を集めているのは確かだった。受付の職員さんたちも困った様子でこちらを見ている。

「お願いですから離してください」
「バディの鳴瀬さんを抱き締めてしまったんです。もうなかったことにはできない」

 思いつめたような上擦った声に、胸が甘く締めつけられた。
 広い胸に閉じ込められているせいで、八木さんの少し速い鼓動もはっきり感じられる。

「それは……大丈夫です」
「俺を嫌いになりませんか?」
「なりません」
「逃げたりしませんか?」
「はい」
「鳴瀬さんをうちに連れていってもいいですか?」
「はい」

 混乱しているところを畳みかけるように問われ、私はうっかり頷いてしまう。

「あ」
「……本当に?」

 今度の問いかけまでは少し間があった。自分の気持ちをちゃんと確認できるくらいには。

「ええ、本当に」
「ありがとう、なる、いや、若葉さん」

 それから私はようやく腕を解いてくれた八木さんと、手をつないで歩き始めた。
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