因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました
その後の俺は、学校以外の時間をすべて香道の修行に費やした。
当然友人関係は希薄になったが、和華の青春を奪っておいて自分だけ浮ついた学生生活を謳歌しようなどとは思えなかったので、ちょうどよかったといえる。
雑念ばかりに支配されていた朝の座禅に集中できるようになったのも、同じ頃。
父の厳しい指導に反感を覚えることもなくなり、心から醍醐流香道を世に広めたいと願い、鍛錬を重ねた。
高校を卒業した後は大学へは進まず、父の付き人として家元としての所作、振る舞いについて学ばせてもらった。
めったに人を褒めない父が、『そろそろお前も独り立ちだな』と口にしたのは、俺が二十歳を迎えた年。
心が震えるほどに嬉しく、思わず目に涙が浮かんだのを覚えている。
しかし、そんな矢先に母が心臓の病で倒れ、家族の誰も心の準備がないまま、帰らぬ人となった。
父はそれでも家元として気丈に振舞っていたが、その裏で喪失感に苦しんでいたのだろう。夜更けにひとり、慣れない酒を繰り返し口にするようになり、母が亡くなった半年後に、急性アルコール中毒による呼吸不全で、この世を去った。