因縁の御曹司と政略結婚したら、剝き出しの愛を刻まれました

 他人から見たら大した出来事じゃないだろう。

 でも、私にとってはうれしかった。

 日々、彼の妻に相応しくなれるよう努力しているつもりでも、簡単には理想に近づけない。そのジレンマごと、光圀さんが丸ごと受け止めてくれた気がしたのだ。

「つまらない。先生もただの男ってことですね」

 隣を歩く太助くんが、灰色の空を見上げて呟く。

「えっ? どういう意味?」
「いくら奥さんだからって、甘すぎますよ。僕や伊織さんが同じミスをしたら、その場で退室を命じられます」
「そ、そうなんだ……。やっぱり、素人の私と弟子とでは、期待するものが違うのかな」

 私に対してはあまり厳しい表情を見せない光圀さんだけれど、弟子の前ではきっと違うのだ。

 伊織さんも、光圀さんの前ではいつも緊張しているものね。

 納得していたら、太助くんがぴたりと足を止める。

 そして、苛立たしげに私を見据えた。

「おふたりを見てると、無性に腹が立ちます。いっそぶち壊してやろうかなって思うくらい」
「……どうしたの、突然」

 物騒な発言に、胸がざわめく。

 いつもの毒舌ぶりとは、なにかが違う気がする。たしか、前に彼と一緒に食い逃げ犯に出くわした時も、同じような不穏な空気が流れた。

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