囚われの令嬢と仮面の男
私はこの場にふさわしくない。
飲みかけのワイングラスを近くの配膳係に渡し、邸宅の執事に帰る旨を伝えた。
「もうお帰りですか?」
ミューレン家の馬車に乗り込む手前で、背後に声を聞いた。はたして自分に向けられたものかどうかは分からなかったが、私は声の主を確認した。
若い紳士が、私を見て残念そうに微笑んでいた。どこの家柄の方かも分からない、初めて見る顔だ。
「ローダーデイル伯爵のご長女、レディ・マリーン、ですね?」
「え、ええ。あなたは……」
相手が自分のことを把握しているのに対して、全く知りもしない私は、無礼で無作法に違いない。
一度逸らした瞳を再び彼に据える。ひと目見て、美しい容貌だと思った。
真っ直ぐに伸びた鼻梁と二重の双眸が高貴な印象を抱かせる。
首周りに着けた白いクラバットが華やだ。黒っぽいコートの襟が目立っているせいか、顔が小さく見えた。
「これは失礼しました。私はオークランド男爵の長子、エイブラム・ド・サミュエルと申します。またどこかでお会いする機会もあるでしょうから、お記憶に留めて頂ければ光栄です」
彼は胸に片手を当てて綺麗にお辞儀をした。ぼうっと彼を見つめたまま、私は「はい」と返事をしていた。
飲みかけのワイングラスを近くの配膳係に渡し、邸宅の執事に帰る旨を伝えた。
「もうお帰りですか?」
ミューレン家の馬車に乗り込む手前で、背後に声を聞いた。はたして自分に向けられたものかどうかは分からなかったが、私は声の主を確認した。
若い紳士が、私を見て残念そうに微笑んでいた。どこの家柄の方かも分からない、初めて見る顔だ。
「ローダーデイル伯爵のご長女、レディ・マリーン、ですね?」
「え、ええ。あなたは……」
相手が自分のことを把握しているのに対して、全く知りもしない私は、無礼で無作法に違いない。
一度逸らした瞳を再び彼に据える。ひと目見て、美しい容貌だと思った。
真っ直ぐに伸びた鼻梁と二重の双眸が高貴な印象を抱かせる。
首周りに着けた白いクラバットが華やだ。黒っぽいコートの襟が目立っているせいか、顔が小さく見えた。
「これは失礼しました。私はオークランド男爵の長子、エイブラム・ド・サミュエルと申します。またどこかでお会いする機会もあるでしょうから、お記憶に留めて頂ければ光栄です」
彼は胸に片手を当てて綺麗にお辞儀をした。ぼうっと彼を見つめたまま、私は「はい」と返事をしていた。