囚われの令嬢と仮面の男
 彼の言動に物腰の柔らかさを感じた。男爵家といえば爵位はうちより下だが、そんな階級を感じさせないほど、彼は気品に満ちている。

 素敵な人だ。

 彼は知っているのだろうか。私がミューレン家の落ちこぼれだということを。

 途端に恥ずかしくなった。社交界に出ても積極的に交流ができないせいで、私はこんなに素敵な方の存在すら知らなかったのだ。

「では。失礼いたします」

「お気をつけて」

 ドレスの端をつまんで型通りのお辞儀をし、馬車へと乗り込んだ。車窓から見える紳士はゆったりと微笑み、礼儀正しくお辞儀をしていた。

 *

 翌日。家族そろっての朝の食卓で、案の定、私は母の嘆きを聞かされた。

「勝手に帰ってしまうなんて、あんまりだわ、マリーン。あのあと邸宅のご主人に、大切なご挨拶も兼ねていたのよ?」

「ごめんなさい、お母様。途中で気分が悪くなってしまって」

 朝食を食べ終えたお母様がナプキンで口をぬぐい、はぁ、と盛大なため息をこぼす。やがて全員がカトラリーを置き、陶器の音がやんだ。

「今回の舞踏会はあなたの婚約者を見つけるためのものだったのに。本当にがっかりだわ」

「……ごめんなさい」
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