囚われの令嬢と仮面の男
 *

「マーサ。この前買った読みかけの本を取ってくれる?」

「かしこまりました」

 お父様の書斎から自室へ戻り、お稽古ごとが始まる時間まで暫し寛いでいた。

「ところでお嬢様。何かいいことでもありましたか?」

「え?」

「その鼻歌。お嬢様がご機嫌なときは決まってそのメロディですから」

 知らず知らずのうちに鼻歌を口ずさんでいたらしい。

「あ……」とつぶやき、自然と頬が熱くなる。

 侍女のマーサ・アリソンは私の心の有りようを読むのがうまい。

 普段から私生活のお世話をしてもらっているぶん、姉弟(きょうだい)、家族よりも長い時間を過ごすので私の変化がすぐに分かるらしい。

 私より少し年上の彼女は、私からしたら姉も同然で、今までに何度も相談ごとや悩みを打ち明けてきた。

 マーサは「当たりですか?」と尋ねて、書棚から抜いた一冊の本を渡してくれる。赤の表紙が鮮やかな恋愛小説だ。

 鼻歌を指摘されて驚いたけれど、当たっている。私は心が弾むとき、たいていこの歌を口ずさんでいる。

 幼いころ仲良くしていた少年が、いつも口ずさんでいたメロディを。

「マーサにはお見通しなのね。……ええ。実はそうなの。ゆうべ舞踏会の帰りにちょっと……素敵な人と出会って」
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