囚われの令嬢と仮面の男
 男がテーブルにナイフを置き、ハンカチに包んだりんごを私へと運んだ。今度は「ありがとう」と言って受け取り、ひとつ、またひとつとりんごを咀嚼する。

 男は再び袋を探り、瓶詰めのミルクとパンを出した。それらをテーブルの上に放置し、別の袋から生活衣類らしきものを順に取り出した。

 私は膝の上に広げたりんごを食べながら、男の動作を目で追った。

 さっき私が調べた浴室へ入り、タオルや衣類をそばの棚に置いている。使いやすいように浴室の前に置かれたカゴにも詰めている。

 もしかして。私が生活するためのものを揃えてる……?

 そのようにしか見えなかった。

「ねぇ」

 男から与えられたりんごを食べたことで、少しだけ恐怖心が和らいでいた。男が振り返る。

「今、屋敷はどうなっているの? お父様は心配しているでしょう?」

 男は何も答えなかった。

「身代金の交渉は進んでいるの? 私はいつになったらここを出られるの?」

 男は立ちあがり、首を横に振った。

「そんなことはしていない」

「……え」

「あの家と交渉などするつもりはない」

 一瞬、耳を疑った。「だって」と続けた言葉がいくらか(かす)れる。
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