囚われの令嬢と仮面の男
「誘拐、なんでしょう? 私を(さら)ったことであなたは何かを得たいんじゃないの?」

 少しだけ考える素振りをし、「そうだな」と男が答えた。

「だったら、私の身柄と引き換えに取り引きをするものでしょう?」

「欲しいのは金じゃない」

「……え?」

「そもそも、そんな目的でキミを連れ出したわけじゃない」

「でも」

「先に言っておくが……。キミを攫ったからと言って、俺がキミに何かをすることはない。キミに危害を加えるつもりもない。
 これは俺の意思でもあるが……。ヒトに頼まれてしたことだ」

 自然と表情が固まるのを感じた。

 今、なんて言った?

「マリーン。キミはあの屋敷へは帰れない。理由は言わないが、今はここがキミの居場所だ」

 男はテーブルの袋に手を突っ込み、残りのりんごふたつと本らしきものを一冊取り出した。

「キミの屋敷ほど贅沢にはできないが……。最善は尽くす。ここで(くつろ)いでほしい」

 持ち込んだ紙袋が空になったらしく、剥き終えてゴミになったりんごの皮が代わりに詰められた。果物ナイフは別の紙袋に包まれ、男の懐に仕舞われた。

 そばにある戸棚を見つめ、「ここに食器が必要だな」と男がひとりごちる。

 そのまま出入口へ向かった。
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