囚われの令嬢と仮面の男
 本来なら男の手元や服のポケットをさぐって、部屋と階段奥の扉の鍵を手に入れるのが先決かもしれない。

 けれど、私はそうしなかった。

 "あの人"と接点のある男の正体が気になっていた。男の素性が知れれば、ことの全貌を教えてもらえるかもしれない、そう期待した。

 ゆっくりと手を伸ばし、男の黒いフードを指先でつまんだ。

 男は私に乱暴するでもなく、お金目的にお父様と交渉するでもなく、ただ私を連れ去り軟禁した。

 私に危害を加えたり、敵意を向けない。にもかかわらず、男は顔を見せるのを嫌がった。

 黒いフードを外し、艶やかなブラウンの髪が覗いた。ボサボサな様子はなく、身なりに清潔感が窺えた。

 よし……。

 ゴクリと唾を飲み込み、呼吸に気づかれないよう息をつめる。

 男の正面から慎重に手を伸ばし、白い仮面に指先を引っ掛けた。

 そのままエイッと、とひと息にはぎ取った。

「………っ、え?」

 ただ静かに眺めるだけで、声をもらすつもりは更々なかった。

 取ったばかりの白い仮面が、私の指先から滑り落ちた。カラン、と乾いた音が鳴る。

「なんで……?」

 目の前で眠る彼の姿が、ただただ信じられず、硬直したままで動けなかった。
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