ママの手料理 Ⅲ
「…おい壱出して逃げんじゃねえよ!」


何かに気づいたのか、琥珀が声を荒らげて仁さんを前後に揺さぶった。


仁さんは、ただされるがままに頭を上下に揺らしている。


2人が何を話しているのか全く分からない私は、ただただ困惑しながら大也の腕にしがみついていて。


大也も頭が追いつかなくなっているのか、私の頭を撫でる手はいつの間にか止まっていた。


「お前がリストバンド付け始めた本当の理由はそれだろ?お前が実の家族だって知ったら相手はどうするんだろうなあ?二重人格で臆病、おまけにナルシスト……引かれたうえにお前、見捨てられるかもな。このままだと、どこまで行ってもお前は結局独りなんだよ」




瞬間。


「ぅああああああぁぁぁああああああぁぁぁあああぁっ……」


仁さんが琥珀の胸ぐらを掴む手を離し、何の意味もなさない言葉を発しながらよろよろと後ずさってその場に座り込んだ。


「お前の弱みは握ってんだ、分かったら言葉には気をつけるんだなクソ野郎」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


両手で鼻と口を覆い、不敵に笑う琥珀を見上げている仁さんは大粒の涙を流していて、今までに見た事がない程弱々しく見える。


「えっ、…」


仁さんの身に何が起こったのか分からない私は、彼が泣きじゃくるのを見ておろおろするばかり。
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