春恋
あれから彼の事を何度も思い出した。
でも気恥しさに同じ駅を使う事も無くなって記憶はどんどん薄れて行って気付いたのは仕事を辞めた後。
バッグを整理しつつ開いた手帳の最後のページに書かれた彼の名前とこのお店の名前。
そして今だに聞けてない言葉。
「ふふふっ」
「睦月さん急に笑いだしてどうしたんですか?!」
「ごめんごめん。お店で働き出した時の事思い出しちゃって」
メモを見つけた時は胸が高鳴って部屋を飛び出したなぁ…
私も若かった。
お店にはオーナーのお父さんが居て勢いで手帳見せると何故か即採用だったし。
そんな私ももう5年働かせて貰って私の淡い気持ちも終わったのも5年前の事。
「蒼くん何人ナンパしてくるんだろ」
初日に先輩の女性からポツリと言われた一言で私は察してしまった。
あの当時は女性のバイトだけで5人も居たし綺麗系や可愛い系の人が多かった。
皆んな彼に誘われて働いてたんだろう。
あの夜の事なんて若い彼からすればただの一晩限りの遊び。
「本命は別に居るみたいよ。あ!これ秘密ね?」
牽制かマウントを取りたいだけなのか分からないけど私は彼と壁を作る事を決めた日になったのは紛れもない事実。
私は極力彼とは接さず気持ちを封印してしまった。
「えー!!!!!」
閉店早々の叫び声と今にも泣きそうな神奈ちゃんの顔。
辞める1週間前に言うのはどうかと思ったけど黙って辞めるのは一応社会人として良くない。