春恋
「また遊びに来るから、ね?」


気休め程度の言葉。
実家は遠いからすぐに来れる距離じゃない。
慕ってくれる気持ちが嬉しくてついつい社交辞令でその場を取り繕った。


「うーん…でも毎日じゃないでしょう?」


可愛い言葉に彼女に微笑んで肩をポンと軽く叩いた。

神奈ちゃんを含めて今バイトは3人。
これから皆んなに負担掛けるのは申し訳ない気持ちはあるけど私の代わりはいくらでもいる。


「神奈くんどうした?」


キッチンスペース奥の裏口から久しぶりに遊びに来たオーナーのお父さんの声に神奈ちゃんは「オーナーパパ〜!」と泣きついてお父さんも苦笑いで私に助けを求めてきた。


「睦月くん、ちょっと奥良い?」


黙って私も頷き後ろを付いて行く。
採用して貰ったお礼も言いたかったからちょうど良い。


「長い間本当にお世話になりました」


小さい事務所兼休憩室に入るなりお礼を言って頭を下げた。


「蒼から聞いたよ。実家に帰るんだって?」


オーナー伝えてくれてたんだ。
少し肩の荷が降りた気分になる。
本当にお店に入りたての私を可愛がってくれた人だったから切り出すタイミングを考えてた。


「はい。実家でちょっと…」


「ちょっと?」


ん?て顔を見るとお世話になったお父さんに嘘を付くのは気が引けて「お見合いします」とだけ言って微笑んだ。
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