春恋
「見合い?蒼は知ってる?」


お父さんの言葉に今度は私が、ん?て顔になる。
オーナーに言う事でも無いから一身上の都合としか退職届には書いてない。


「その顔じゃ蒼には言ってないんだね」


そうかそうかと言いながら椅子に座って私にも座るように手で促された。


「まあ一身上の都合とだけは…プライベートな事なので」


辞める1週間前に引き止めは無いとは思うけど不安な気持ちで椅子に座った。


「睦月くんが決めた事なら仕方ないけど…そうだ!あの時の手帳の言葉覚えてる?」


「手帳…」


最後の一行の言葉。
何語かも気にも止めて無かったから今まで忘れてた。
まあ淡い気持ちと同様に封印して私の部屋のクローゼットの奥にしまってるし。


「あれフランス語。帰ったら携帯で検索してみてごらん。あれを見て僕は君を即採用したんだから」


あの日店にはバイト募集なんてしてなかった。
履歴書も無い私を雇うほど人手不足じゃ無かったし。


「あいつ一生懸命書いたと思うよ。前から睦月くんの事知ってたみたいだし。ある意味うちの息子ストーカーだな!ハハハッ」


恰幅の良いお腹を揺らしながら豪快に笑って私の肩をポンッと軽く叩いた。


私の事を前から知ってた?


“Après la pluie, le beau temps”(アプレ・ラ・プルイ、ル・ボー・トン)

雨がやんだあとは良い時が訪れる
日本語だと《やまない雨はない》て事。


封印してた段ボールをクローゼットから出して手帳の最終ページの言葉を検索してみた。きっとあの時の私への励ましの言葉だったんだろう。
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