ゆっくり、話そうか。
もう感情を誤魔化すことも押し殺すことも必要なくなった今、やよいには全て晒そうと決めた。
自分がどうしてこう屈折してしまったのかを打ち明けたあとの日下部に、もう躊躇うものなどなにもなかった。
本当に──
本当に───

「俺が誰にも連絡先教えないのも無駄に人を近付けたくないから。特に、女性は…。男友達から勝手に回ってることも中学の時にあって…、知らないところで期待されてた。期待されると困る。一定距離以上近付かれても困る。ある程度縮まったと思われた後、突き放すことで傷つけるなら、最初から距離なんて詰めなきゃいいと思った。ずっとそうしてきた」

「尚太は無意味に連絡してきそうだったし」と軽口を叩いているが、それも、これまで築いてきた彼との関係を揺るがせることが怖かったからだ。
ずっと不思議に思っていた謎が解けた。
スマホを持っているのに誰にも連絡先を教えないのは、自分を守るためだけではなく、相手をより守るためだったのだ。

「だけど駄目だった。園村さんといると俺、どうしようもなく幸せなんだ。抑えられなかった」

幸せなのだ。
だから欲しくなった。
やよいの気持ちまるごと、自分だけのものにしたかった。 
まるごと受け止めて、まるごと、奪って、まるごと守りたいと思った。
欲しかった。

「え、私そんな弱ないで?日下部くんに何回フラれた思ってんの?」

そうだね、
だから───

「園村さんに全部あげる」

俺の気持ち全部、ずっと、君にあげる。
日下部の吐息が鼻先に触れた。
前髪どうしがぶつかって、日下部の睫が伏せられていくのが見える。

「ちっ、ちょっ、ちょいちょいちょいちょぉぅっっっと、待って」

あまりの展開に置き去り状態のやよいが、一旦整理しようと日下部の口を両手で塞いだ。
しかしすぐに剥がされて、不機嫌な唇が姿を表す。

「なに?邪魔なんだけど」

「なにする気?」

「キス」

「えぇっ!?」

「させてくれないの?」

「させて、て…っ、いや、なんで?なんでするん?したいからとかあかんで?もう許さんで?」

この瞬間もやよいと視線が絡まっているのが安心する。
逸らさず見つめられることが、怖じけずいていた日下部の幸福をくすぐる。



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