あの夜を閉じ込めて
早速郵送に必要な住所を書くことになったけれど、渡されたボールペンが進まない。「……どうしました?」と冬夜さんから問われると、私は正直に白状することにした。
「実は今……住む場所を転々としてるので住所がないんです」
あの人と一緒に住んでいた家は、彼名義だったこともあって私が出ていく形になった。
もちろん実家には帰れないので学生時代の友人を頼ったり、快活クラブに宿泊することもしばしば。今回のひとり旅はそんな生活に一区切りつけるためのものでもあったのだ。
「旦那さんと喧嘩でもしたんですか?」
「……え?」
「あ、プライベートなことなのにすみません。薬指に指輪をしてるのでそうかなと勝手に……」
そう言われて、とっさに左手を隠した。
はめているのは、あの人からもらった婚約指輪。今頃は元カノにも同じものを贈り、愛の言葉を語っているかもしれないのに……私は今も外すことができない。
「旦那なんていません。私、婚約破棄されちゃったんです。それなのにまだ指輪をしてるなんて、未練がましいですよね」
暗くならないように、あえて明るく言った。
浮気されて、住む場所もなくなった。なのに式場のキャンセル料は折半しようという連絡だけは律儀にしてきた。
『俺たちの結婚式だったんだから、望美も出すのは当然だろう』なんて言われた時には、100年の恋も覚めるほどに失望した。
最低、クズ、地獄に落ちろ。
そんな人と結婚しなくてむしろよかったと思ってるし、取り返しがつかなくなる前に本性を知れて安心もしてる。
だけど、私の心はぽっかりと穴が空いたままになっていて、自分では塞ぐことができない。