大学教授と学生の恋の行方は‥
■第9話 余命1年
ある日、順子の母親が勤務する私立病院消化器内科に宮本主任教授が受診に来た。担当した順子の母親は驚いた。実は宮本主任教授は、順子の父親の身体を診たことがある。そのことは、昔順子の母親が順子に話したことがあったのだが、当の順子は覚えていない。そして、宮本主任教授もそのことに気づいていない様子だった。だから、目の前に現れた「大槻先生」が、あの時の男性の妻で、順子の母親だとは気づかなかったのだろう。

宮本主任教授が、自分が勤務する大学病院ではなく、この市立病院を選んだのは、大学病院だと個人情報が筒抜けになってしまうからだ。宮本主任教授は自分の症状から、どういった病気にかかっているのかは、わかっていた。だからこそ、この病院を選んだ。

大槻先生は、宮本主任教授の症状を確認してから、上部消化管内視鏡をすることにした。結果、胃がんであることが判明。

「大変申し上げにくいのですが、すでに進行しており手術することができません。余命は1年というところです」
「そうですか……」

よく医者は、自分が専門としている病気にかかるというが、宮本主任教授も例外ではなかったようだ。

余命1年と言われて、宮本主任教授は少しほっとしたような気持になった。
なぜなら退官までも1年を切ったところだったからだ。余命も退官も同じ時期とは面白いものだと、ぼんやりと思う。

だが、余命1年では、大学病院に隠し通せるものではない。これはちゃんと報告をしないといけないと考える。そして、こう人も決まっているので、どうせなら退官時期を早めて、余生を楽しむのもありなのではないかと思った。
そのためにはまず、勤務する大学病院の消化器内科にいる土島主任教授に主治医になってもらおうと、大槻先生に紹介状を書いてもらった。

紹介状を書いてもらうと、さらに気持ちが軽くなっていく。宮本主任教授はすでに死を受け入れたのだ。そして忙しかった医者人生に自分でピリオドを打ち、あの誰も来ない山奥の家で、ひっそりと読書をしながら過ごす。それはとても幸せな時間だと思った。
そう宮本主任教授は、人間関係を円滑に回したり、交渉事はうまい方だったが、本来は1匹オオカミで、1人でいるのが好きなのだ。それを死ぬ間際になって、できることへの喜びは、何にもまして強い。

「終活をする人の気持ちというのは、死を受け入れることができれば無敵なのかもしれないな」

宮本主任教授は、空を見上げる。
太陽が真上にあり、青空が広がっていた。もう雨の日が来なくても、青空を見ながら生きられるのなら、それで十分だと感じた。

「そう……だから、これでよかったんだ」

思い出したくない場面を思い出しそうになり、宮本主任教授は頭を振って忘れることにした。ゆったり過ごす余生のことを考える方が、今は何よりも大事だと自分に言い聞かせて。
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