大学教授と学生の恋の行方は‥
■第10話 元妻の存在
紹介状を受け取った土島主任教授は病室に行き愕然とした。
「やはり、診てもらうなら腕の確かな君がいいと思ってね。残りの1年、頼むよ」
「余命1年だなんて……」
ベッドで寝そべっている宮本主任教授は、若い頃の面影がなかった。年老いてからも、病院内やパーティなどで顔を合わせていたが、それでも若い頃の面影は残していたのだ。
土島主任教授の言う、宮本主任教授の若い頃の面影とは、精力的に仕事をする男なら誰もが出るギラギラした圧力だ。男性ホルモンが活発になっているからなのか、そういったオーラを、宮本主任教授は誰よりも出していた。
「ははは。笑っちゃうよな。まさか、こんな形でこの世とお別れすることになるなんて」
「……」
宮本主任教授はすでに死を受け入れている。土島主任教授はすぐにそれがわかった。1年後より先の未来なんて、もう見ていないのだ。だけど土島主任教授は、宮本主任教授の命を諦めきれなかった。
宮本主任教授は確かに胃がんで、進行も進んでいる。だから手術は無理だということもわかる。だがそれは、これまでの医療だったらの話だ。土島主任教授は、最先端の技術を常に追い続けているということもあり、胃がんで進行していてもなんとかなるかもしれない治療法を、最近聞いたばかりだった。
「待って。そんなにすぐに、死を受け入れないで」
「君が、そんな話し方をするのは久しぶりだな」
「茶化さないでちょうだい。いい、真面目に話を聞いて。実は最近、新薬による抗がん剤治療の話を聞いたの。これだったら、今のあなたであっても、延命を見出せるわ。余命1年なんかじゃない、もっと生きることができるのよ」
土島主任教授は、真剣なまなざしを宮本主任教授に向ける。だが、宮本主任教授はふっと微笑んでから、首を横に振る。
「いや、私はいいよ」
「どうしてよ! そんなに死にたいの!?」
「あー……死にたい、というわけじゃないんだけど、私の寿命はここまでってことだったんだろうなって、妙に納得してね。ほら、余命1年ってさ、定年まであと1年と同じ時期じゃないか。つまり私は、仕事ができるギリギリまで医師として生き、退官して数か月でこの世をされるというのは、運命のような気がしたんだよね」
宮本主任教授は、そう言って病室の窓から空を見上げる。
だが納得がいかない、土島主任教授は近くのテーブルをバンッと叩いた。
「退官したら、あなたの人生は終わり? 何言っているのよ。あなたは退官後、この大学病院の病院長になる男でしょ! そのために、あちこち根回しもしていたくせに……それを忘れたって言うの!?」
「……」
土島主任教授が声を荒げても、宮本主任教授は窓の外を見たまま何も言わなかった。
実は、土島主任教授は宮本主任教授の元妻だ。30代の頃にお互いに惹かれあい、結婚をした。内科と外科という違いはあるが、同じ消化器医学を専門にしていたので、通じ合えるところもあったのだ。
だが、若い頃の宮本主任教授は、今よりも何倍も、何十倍も精力的に働く人で、志も誰よりも高かった。
そんな人の傍にいられることは幸せであると同時に苦痛でもあった。比べる必要はないのだが、土島主任教授も消化器内科として、まだまだ上を目指したい年齢。それなのに、結婚した相手がどんどん先に進んでしまうのである。
宮本主任教授のことを心から愛し、尊敬もしていた。だが、それ以上に、傍にいることで自分がみじめに感じてしまう。土島主任教授は息苦しさに耐えられなくなり、宮本主任教授に離婚届を渡し、彼の前から立ち去ったのだ。
だが離婚後も疎遠になることはなく、同じ医師としての付き合いは続いた。土島主任教授は宮本主任教授を目標にし、医師の道を邁進し続けたのだ。だから今の土島主任教授があるのは、宮本主任教授のおかげと言ってもいいだろう。
それに、40代、50代と宮本主任教授には、浮いた話が1度も上がってこなかった。それは土島主任教授にとって、とても嬉しい話だ。彼もまた、本当はまだ自分のことを愛していて、時が来たら、また一緒になろうと考えてくれているのではないかと思ったからだ。
その時期がいつなのかはわからない。
だが、退官した後に、お互いに自由な時間が増えれば、そういうこともあるだろう、土島主任教授は淡い期待を抱いていた。
なのに。
彼女が現れたのだ。
宮本主任教授の笑顔を引き出せるのは自分だけだと思っていたのに、学生という立場を利用して彼に近づき、彼の心を掴んだ女。
土島主任教授の心がどんなにあらぶったか、他人からはわからないだろう。
土島主任教授は宮本主任教授よりも5歳若いため、まだギリギリ50代。こんな歳になってまで、これほど激しい嫉妬をするとは思っていなかった。
宮本主任教授と自分の神聖な関係の中に、突如現れた若い小娘。憎たらしくて仕方がなかった。だから、あのパーティが原因で、2人が別れたと知った時は、どれほど喜んだことか。
だが、彼女が立ち去ってから、宮本主任教授のギラつきは薄くなっていった。そして、余命宣告をされ、ゼロになったのだ。
もう二度と、土島主任教授が愛した宮本主任教授を見ることはできないのだろうか。
それに、こんなにすごい人を、後1年で本当に失ってもいいのだろうか?
しかし、土島主任教授の声では宮本主任教授には届かない。
そう、届かないのだ。
紹介状を受け取った土島主任教授は病室に行き愕然とした。
「やはり、診てもらうなら腕の確かな君がいいと思ってね。残りの1年、頼むよ」
「余命1年だなんて……」
ベッドで寝そべっている宮本主任教授は、若い頃の面影がなかった。年老いてからも、病院内やパーティなどで顔を合わせていたが、それでも若い頃の面影は残していたのだ。
土島主任教授の言う、宮本主任教授の若い頃の面影とは、精力的に仕事をする男なら誰もが出るギラギラした圧力だ。男性ホルモンが活発になっているからなのか、そういったオーラを、宮本主任教授は誰よりも出していた。
「ははは。笑っちゃうよな。まさか、こんな形でこの世とお別れすることになるなんて」
「……」
宮本主任教授はすでに死を受け入れている。土島主任教授はすぐにそれがわかった。1年後より先の未来なんて、もう見ていないのだ。だけど土島主任教授は、宮本主任教授の命を諦めきれなかった。
宮本主任教授は確かに胃がんで、進行も進んでいる。だから手術は無理だということもわかる。だがそれは、これまでの医療だったらの話だ。土島主任教授は、最先端の技術を常に追い続けているということもあり、胃がんで進行していてもなんとかなるかもしれない治療法を、最近聞いたばかりだった。
「待って。そんなにすぐに、死を受け入れないで」
「君が、そんな話し方をするのは久しぶりだな」
「茶化さないでちょうだい。いい、真面目に話を聞いて。実は最近、新薬による抗がん剤治療の話を聞いたの。これだったら、今のあなたであっても、延命を見出せるわ。余命1年なんかじゃない、もっと生きることができるのよ」
土島主任教授は、真剣なまなざしを宮本主任教授に向ける。だが、宮本主任教授はふっと微笑んでから、首を横に振る。
「いや、私はいいよ」
「どうしてよ! そんなに死にたいの!?」
「あー……死にたい、というわけじゃないんだけど、私の寿命はここまでってことだったんだろうなって、妙に納得してね。ほら、余命1年ってさ、定年まであと1年と同じ時期じゃないか。つまり私は、仕事ができるギリギリまで医師として生き、退官して数か月でこの世をされるというのは、運命のような気がしたんだよね」
宮本主任教授は、そう言って病室の窓から空を見上げる。
だが納得がいかない、土島主任教授は近くのテーブルをバンッと叩いた。
「退官したら、あなたの人生は終わり? 何言っているのよ。あなたは退官後、この大学病院の病院長になる男でしょ! そのために、あちこち根回しもしていたくせに……それを忘れたって言うの!?」
「……」
土島主任教授が声を荒げても、宮本主任教授は窓の外を見たまま何も言わなかった。
実は、土島主任教授は宮本主任教授の元妻だ。30代の頃にお互いに惹かれあい、結婚をした。内科と外科という違いはあるが、同じ消化器医学を専門にしていたので、通じ合えるところもあったのだ。
だが、若い頃の宮本主任教授は、今よりも何倍も、何十倍も精力的に働く人で、志も誰よりも高かった。
そんな人の傍にいられることは幸せであると同時に苦痛でもあった。比べる必要はないのだが、土島主任教授も消化器内科として、まだまだ上を目指したい年齢。それなのに、結婚した相手がどんどん先に進んでしまうのである。
宮本主任教授のことを心から愛し、尊敬もしていた。だが、それ以上に、傍にいることで自分がみじめに感じてしまう。土島主任教授は息苦しさに耐えられなくなり、宮本主任教授に離婚届を渡し、彼の前から立ち去ったのだ。
だが離婚後も疎遠になることはなく、同じ医師としての付き合いは続いた。土島主任教授は宮本主任教授を目標にし、医師の道を邁進し続けたのだ。だから今の土島主任教授があるのは、宮本主任教授のおかげと言ってもいいだろう。
それに、40代、50代と宮本主任教授には、浮いた話が1度も上がってこなかった。それは土島主任教授にとって、とても嬉しい話だ。彼もまた、本当はまだ自分のことを愛していて、時が来たら、また一緒になろうと考えてくれているのではないかと思ったからだ。
その時期がいつなのかはわからない。
だが、退官した後に、お互いに自由な時間が増えれば、そういうこともあるだろう、土島主任教授は淡い期待を抱いていた。
なのに。
彼女が現れたのだ。
宮本主任教授の笑顔を引き出せるのは自分だけだと思っていたのに、学生という立場を利用して彼に近づき、彼の心を掴んだ女。
土島主任教授の心がどんなにあらぶったか、他人からはわからないだろう。
土島主任教授は宮本主任教授よりも5歳若いため、まだギリギリ50代。こんな歳になってまで、これほど激しい嫉妬をするとは思っていなかった。
宮本主任教授と自分の神聖な関係の中に、突如現れた若い小娘。憎たらしくて仕方がなかった。だから、あのパーティが原因で、2人が別れたと知った時は、どれほど喜んだことか。
だが、彼女が立ち去ってから、宮本主任教授のギラつきは薄くなっていった。そして、余命宣告をされ、ゼロになったのだ。
もう二度と、土島主任教授が愛した宮本主任教授を見ることはできないのだろうか。
それに、こんなにすごい人を、後1年で本当に失ってもいいのだろうか?
しかし、土島主任教授の声では宮本主任教授には届かない。
そう、届かないのだ。