◇水嶺のフィラメント◇
「……アンがルーポワへ()つ前に話したね。僕はフランベルジェへ銃器の商談に出掛けていたんだ。帰国したのは一昨日の夕刻で……事件のことは国境の検問所で知らされた」

 それからしばらくして、階下で待機していたフォルテと侍従二人が呼び戻された。

 アンと並んで寝台に腰掛けたレインは、簡素な丸椅子に座った三人とアンへ、これまでの経緯を説明した。

 レイン=プロアイエ=リムナト。リムナト前王の長子に当たるが、継承順位は第三位となる。アンとの出逢いは二人がずっと幼い頃だ。

 それから思春期を経て恋人となり、正式な婚約者となったのは三ヶ月ほど前のことだった。

 リムナトの南に位置するフランベルジェは、西に活発な火山帯を持つため「炎の国」と呼ばれている。硬質な鉱物が採掘されるので、それらを加工した金属製品が交易の(かなめ)とされる。

 アンは隣に座するレインの横顔を見上げて、彼の言葉にふと疑問を持った。帰国が一昨日であったのなら、丸一日彼はどうしていたのだろう?

 先刻の話によれば、今朝まで空き家に潜伏していたというのだから、一旦王宮に戻ったとは考えにくかった。


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