◇水嶺のフィラメント◇
「はい、しかと」

 そうして身を起こしたスウルムがまるで「黒い影」だと思われたのは、アンと同じく黒い髪と全身を黒い外套(マント)に覆われていた所為であった。

 その姿こそが……アンを初めて此処へ導いたあの影そのものであることを思い出させた。

 スウルムは次にアンに姿勢を向け、彼女の名を呼ぶ。

 あの三歳当時、不思議とアンの心を震わせた声音が、記憶を鮮明に(よみがえ)らせた。

「アンシェルヌ……美しき姪御よ、我が姉に生き写しだな」

「お母さまに……?」

 だがその身は頭から足先まで、メティアと共に全身ずぶ濡れであった。

 スウルムは二人に着替えるよう進言をし、支度が整うまでの間、これまでの経緯を聞かせてもらいたいと男たちに願い出た。

 都合の良いことに、侍従に扮した兵士二人は自分たちの兵服を鞄に収めていた。

 まずは彼らを本来の姿に戻して侍従の衣服を拝借する。

 さすがにサイズは合わないが、メティアもアンも取り急ぎ身なりを落ち着かせることが出来た。

 しかし泉の水は冷ややかでありながら、身を浸していた間も岸に上がってからも、特に寒さは感じなかったのだ。

 お陰で髪は濡れたままでも震えることなくいられるのは……これもレインの力であったのかも知れない。


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