◇水嶺のフィラメント◇
「アンには家柄もある。頭もいいって噂も聞いてる。お初にお目に掛かったけれど、あたいに負けず劣らず美しいことも分かった。あたいのハスキーボイスとは違って、声も透き通って綺麗だ。長い黒髪には(つや)もあるし、好い匂いまでしてるってもんだ! でもどうせだったら全部(まさ)ってほしいと思ってさ? あと残すはお肌とスタイルの良さだったというワケさ」

「……それを確認するためだったということ?」

「ご名答」

 満足げにウィンクを投げたメティアに対して、アンは呆れたように──もしくは感心したように? (みどり)の瞳を見開いて立ち尽くした。

「それで……メティアの判定は?」

「もちろん合格さ! さすがレインはお目が高いねぇ」

「そんなんじゃないわ……」

 メティアはやりたいことと言いたいことを済ませ、ようやく満足がいったのだろう。後ろ手に本来着るべきフランベルジェの衣装を引き寄せて、ウィンクと共に王女へ差し出した。

 アンはその布地を素直に受け取りはしたが、メティアの判定には反論した。

 レインはいつでも誰にでも優しい。彼は見た目や身分の差に囚われることなく、全ての民と同等に接してきた。

 彼女の知る限り、彼にはそうした対等を重んじる心が常にあった。

 だからレインが自分を外見で選んだとは思っていない。

 では彼はどうしてアンを選んだのか?

 幼少からの長い付き合いが安易に結んだ縁なのか? それとも王女としての孤独な立場に同情されたのか?

 そんな風には思いたくもないが、どんなに自問自答を続けても、アンには明確な答えが導き出せなかった。


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