優しい嘘

空が泣くのは

土曜日の夜。父親が咲久と俺を呼んだ。
話の内容は予測ができるものだったけれど、改めてその話をされると思うと心臓の動きが早くなるのを感じた。咲久もそれは同じだったようで、不安そうに俺の顔を見てくる。母親はお風呂に入っていたから、咲久の頬をゆっくりと撫でた。

「今後の話をする前に確認したいことがある」

父親が交互に俺たちを見る。

「二人は、お互いにお互いのことが好きなんだな?」

付き合ってほしい、なんて言っても言われてもないけれど、それは言葉にする必要もタイミングもなかっただけの話で。
俺は頷く。咲久も隣で頷いていた。
それを見て、父親は目を細めた。

「咲久は、本来の姿で生きたい?」
「ずっと…」
「うん」
「ずっと、男でいいって思ってた。そうすることが家族の幸せ、それが自分の幸せにもなるんだって」
「うん」
「でも、光輝のこと好きになっちゃって、女である自分を隠せなくなってきたのが自分でもわかった。だから、私は、女として生きたい」

咲久が大きな瞳から涙を溢れさせる。俺はそっと手を握ったけれど、父親はそれに気付いていた。

「光輝は、咲久を支える覚悟があるんだな?」
「あるよ」

それは今までの日常が変化することを意味しているんだと思った。
母親に事実を伝えれば、確実に今までのままではいられない。

「そうか」
「うん」
「母さんには、父さんが伝えるから」

そう言って、父さんは咲久と俺の頭を順番に撫でる。

「大丈夫」

大丈夫。その言葉を信じたいのは咲久も俺も、そして父さんも同じだろう。

「大丈夫だから。今日はもう寝なさい」

まだ午後十時にもなっていなかったし、成人している息子と娘に言う言葉ではないと思ったけれど。俺たちは従うしかない。

「おやすみ」
「おやすみなさい」
「…、おやすみ」

父親を残して二階に上がる。咲久をひとりにしたくなくて、俺は触れ合わせた手を離さないまま自分の部屋へと戻った。
寝なさいと言われても、これから起こることは不安要素しかなかったし、二人でベッドに入っても眠れるわけがなかった。
でも感じる体温に、ひとりじゃないと思えて、それは心強かった。
一階で話し声が聞こえ始めた。数分もすれば母親の大きい声が聞こえてきて、その度に咲久は身体を震わせたけれど、俺には抱き締めたり頭を撫でたりするしかできない。かと思えば急に静かになったりして、それはそれで不安になる。
外では雨が降っている。我が家で、泣く人が出ないように、代わりに空が泣いてくれているのかなと思った。
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