元勇者は彼女を寵愛する
街デート……なのに
 ヴァイスの転移魔法により、私達は今日、立ち入りが許されている街へと降り立った。
 そこで事情を知る人間と軽く会話をして、勇者である事がバレないようにと念を押された。

 どうやらこの国の人達の間では、勇者はすでに死んでいると噂されているらしい。
 勇者を追放した皇帝としてもその噂は都合が良いみたいで、今更勇者が生きているのを知られるのは困るとか。
 はぁ、ほんと勝手なんだから。
 私達は顔を隠す様に、羽織っているローブのフードを深く被り、街の中へと足を踏み入れた。

「リーチェ、行きたい場所は決まってるかい?」
「うーん……せっかくだから、やっぱり市場に行きたいかな。可愛いアクセサリーも見たいし美味しい物も食べたいわね」
「そうだね。市場ならもう少し先にあるはずだよ。行こうか」

 私とヴァイスは手を繋いで笑顔を交わし、人が賑わっている方へと進んで行った。
 久しぶりの島の外、華やかな街の雰囲気に心が踊る。
 何よりも私の隣には愛するヴァイスがいる。
 彼が勇者の頃にも一緒に街の中を歩いて回った事はある。
 だけど、こうして手を繋いで恋人として街デートを楽しむのは初めて。ふふ。私の彼イケメンでしょ?って自慢したいけど顔見せられないのよね。
 まあいいわ。それより、彼に似合うアクセサリーが見つかるかしら?

 私達はよく、旅先でお互いのアクセサリーをプレゼントし合っていた。
 今、彼の両耳で揺れているピアスも私がプレゼントした物。強運の効果を持つと言われるターコイズが埋め込まれている。男の人にとっては少し大振りだけど、中性的で整った顔の彼にとても良く似合っている。
 私が着けているネックレスやピアスも全て彼からプレゼントしてもらった物。

 ……私達、これでよく付き合ってなかったわね。
 あの頃はとにかく傍に居られることが嬉しくて、特に関係をどうしようとかあまり考えてなかったわ。

 しばらく歩くと隙間なんてないくらい露店が立ち並び、それに集まるように大勢の人達がひしめきあっていた。
 足を止め、遠目にその光景を見つめた。

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