元勇者は彼女を寵愛する
 さっきは少年を追い掛けるのに必死で気付かなかったけど、ここには何人か人がいる。
 黒い髪は不揃いに伸び、擦り切れてボロボロの服を着ている人達。ゴミが散乱し、衛生的とは言えないこんな路地裏を寝床としているのだろうか。

 すぐ先では、煌びやかな衣装を身にまとった貴族達が行き交い、活気に満ち溢れているいうのに。
 まるで光と陰の世界が隣り合わせているよう。

「リーチェ、とりあえずここから出ようか」

 ヴァイスは私の手をとると、無言で来た道を戻っていく。
 路地裏から出ると同時に、視界は明るくなり、胸がつっかえるような息苦しさからは開放された。
 だけど、さっき見た光景により沈んだ気持ちはそう簡単には浮上しない。
 明らかな貧困差。そして黒髪の人に対する差別。それをたった今、目の当たりにしてしまったから。

「魔王がいなくなっても、この世界が平和になるとは限らないのね」
「……そうだね。何もかもが上手くいく訳じゃないからね」

 勇者の役目は魔王を倒すこと。それをヴァイスは既に果たしている。
 魔王を倒したその後の事は、この世界に暮らす人達がなんとかしていくしかない。

 それなのに、どうして誰も手を差し伸べようとしないのかしら。
 自分達が困ってる時は簡単に勇者に助けを求めて来たくせに。
 黒髪の人間だから?そんなつまらない事で?
 自分より劣る人間を作り出して、優越感にでも浸っているのかしら。

『一番怖いのは人間だよ』

 ヴァイスの言葉が胸に深く突き刺さる。

「はぁ……。平和な世界を作るって難しいのね。神様に頼りたい気分だわ」
「それもいいかもしれないね。気晴らしに教会でも行ってみるかい?」
「そうね。それもいいかもしれないわね。」

 もちろん、神様に祈ったからってどうにかなるとも思えない。
 だけど、私達に出来るのは、この世界の全ての人が平穏に暮らせる事を神様に祈る事くらいしかない。

 私はヴァイスと再び手を繋いで、教会の建物が見える方向へと歩き出した。 
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