元勇者は彼女を寵愛する
「魔王様」

 突如聞こえてきたその声と気配にうんざりする。
 振り返ると膝をつき、僕の顔色を伺うように見上げる男の姿。赤い瞳を持ち、褐色の肌に尖った耳。人の姿に近いのは、魔族の中でも高位な証。

 どうやら強い闇の力を使ったせいで、魔界から魔族を呼び寄せてしまったようだ。

「僕は魔王じゃないって言っただろ」
「あ……すみません。ただ……あの聖剣をなんとかしてもらえませんか……?あれがあると、新しい魔族が生み出せない様で……」

 ああ、そういえばそうだった。

 魔王を倒したあの日、魔族達は僕を新たな魔王としてひれ伏せた。
 だけどそんなつもりは無い。僕に倒されたくなかったらさっさと魔界へ帰れと追い返した。
 その時に、折れた聖剣も一緒に魔界へと放り込んだ。ここにあっても邪魔だし、良いゴミ箱を見つけたと思った。

 本来なら使えないはずの聖剣を無理やり使っていたせいか、魔王との戦闘中にパキンっと間抜けな音と共に聖剣は折れた。
 そのおかげで僕は本来の力を出す事が出来て、魔王をあっさり倒してしまった。
 折れた聖剣は力の大半は失っていたが、それでも強力な力を宿していた。

「僕にとってもあれがあると邪魔なんだよね。ちょっとそっちで預かっててよ。僕はリーチェと一緒に居る限り、魔王になる事なんて無いから」
「では、あの女が死んだ暁には――」

「は?」

 何?何て言ったんだ?このゴミは?

 彼女のいない世界なんて、存在する意味がない。
 彼女がいるから、こんな世界でも美しく見えるんだ。
 それなのに……。

「そうか……僕とした事が、迂闊だったよ。リーチェと早く二人で暮らしたくて忘れていたよ。勇者としての使命をね」

 僕の中で膨れ上がる怒りと共に、魔界への入り口が大きく開き、その先へと僕は降り立った。

「え……?あ、聖剣を回収してくださるのですね!ありがとうございま……いや、絶対そんな雰囲気じゃなかったですよね?魔王さ――」

 うるさい奴。僕は魔王じゃないと言ってるだろう。
 僕は勇者だ。

 だから、魔族は一匹残らず消滅させて、この世界の平和を僕がきちんと守ってあげないとね。
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