王室御用達の靴屋は彼女の足元にひざまづく
 自分だったら何年でも待てる。……その代わり、彼の背中をずっと見ていたい。 

 檜山が唐突に振り返った。

「アンタに聞きたいことがある」
「はいっ」

 晴恵は慌ててスマートフォンを膝に置き、姿勢をただした。

「アンタに足のトラブルはない」
「はい」

 フットケア士たるもの、悪い症例ばかり見ていてると自然に姿勢や歩き方に気を使うようになる。

 檜山はいつのまにか、上がり(がまち)で脱いでいた晴恵の靴を仔細に検分していた。
 ……彼の鋭い目つきに自分の服を剥ぎ取られて肉付きや骨格、生き様まで見抜かれそうで、思わず体をちぢこませる。

 檜山に全てを視られるのは恥ずかしい。けれど、彼に全てを暴かれたい。
 相反する感情がせめぎあう。
 反省も後悔も沢山ある。知られたくない想いも勿論、ある。
 履き慣れた靴に「明谷晴恵」があらわれているなら、それはありのままの彼女だ。

 晴恵は檜山の評を、祈るような判決を聞くような気持ちで待つ。

「地味で華やかさのかけらもないが、しっかり大地を踏み締めて自分でどこまでも歩いていける靴だ」

 檜山がぽつりと言った。
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